撮影:宮崎貢司

 

 

「約4年間の介護生活を経験したおかげで、介護の大変さを実感し、人の心の痛みもわかるようになりました。その体験から学んだ人のやさしさ、人間として得た深みが歌声にも反映されていく気がします」

「ふたり酒」などで知られる歌手の川中美幸さんは、2017年まで4年間、仕事をセーブし、要介護5の母を自宅で介護していた。母との最後の日々について、現在発売中の『婦人公論』8月9日号の特集「女が悩む実家の10大問題」内で詳細に語っている。

同居していた母が急性心筋梗塞で倒れたのは、2014年初め。突然の病で倒れる前は80代とは思えないほど元気だったという。しかし心筋梗塞で16時間におよぶ手術を受けたことで急激に体が弱り、亡くなる1年ほど前には要介護5に。自力で歩くことも、食事をするのも介助が必要になった。

「『自分の仕事もあるのだから、介護施設に預けてはどうか?』と、周りから言われたこともありました。でも、私はどんなことがあっても、母を施設には入れたくなかった。“一卵性母娘”といわれるほど仲のいい母と離れるなんて、絶対に考えられませんでしたから」

幸いにも、在宅で介護ができる状況だった川中さんは、周囲の力を借りながら、最後まで在宅介護を続ける覚悟を決めた。しかし、川中さん自身も60代、「老老介護」の大変さを身を以て実感したという。

『婦人公論』2019年8月9日号

「いつも中腰で世話をしていたせいでギックリ腰になり、慢性の腰痛にも悩まされて。マッサージに行ってもなかなかよくならず、腰を支えるベルトを2本巻いていましたね」

「夜、グッスリ眠れないのもしんどかった。『夜中も、私が横にいたら安心だろう』と考えて、母のベッドの脇に私のベッドを並べて、隣で寝るようにしていたんです。(略)『用事があるときは、この紐を引っ張って私を起こしてね』と、お互いの手首を結んで寝ることに。おかげで母の安全は確保できましたけど、夜中に何度も目が覚めてしまうため、日中、私自身がイライラしてしまうこともしょっちゅうで」

ところが、大きな助けになったのが、在宅介護を快諾した夫の存在だった。

「私が仕事で家を空けるときも夫が母の面倒をみてくれて、私の代わりに母の下着を上げ下げし、トイレの介助まで。自分とは血のつながっていない母にそこまでしてくれた夫には、本当に感謝しています」

母に可能な限りの時間と体力を注ぐ毎日。ところが、2年前の10月に看取った時には、「まだまだしてあげられることがあったのではないか」と悔やむ気持ちに苛まれた。

「母が亡くなってからしばらくは、なかなかやる気が湧いてきませんでしたけど、『ええ歌を歌ってや』と、いつも私を応援してくれていた母もこのままでは喜ばないでしょう」

今秋には、“母”をテーマにした曲を集めたニューアルバムをリリースする予定だという。川中さんは「もうひとふんばりしなきゃ」と言って笑った。

そのほか、実家のお墓問題や母の遺品のゆくえについても、本誌では語っている。