里中満智子(さとなかまちこ)
1948年1月大阪生まれ。64年、高校在学時に『ピアの肖像』で第1回講談社新人漫画賞を受賞しデビュー。著作は『あした輝く』『アリエスの乙女たち』『天上の虹』など500タイトルを超える。97年、全集「マンガ日本の古典」の『心中天網島』で第1回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞受賞。2006年に全作品及び文化活動に対し文部科学大臣賞受賞。10年、文化庁長官表彰受賞。日本漫画家協会理事長、マンガジャパン代表理事、大阪芸術大学キャラクター造形学科学科長ほか役職多数。公式ブログ http;//satonakamachiko.blog.fc2.com/
数えきれないほど読み返してしまう本
「50歳ごろに読んで、影響を受けたり感銘を覚えた本」と言われても、どれを選んでいいのか迷いすぎて決められない。何を読んでも何かしらの影響は知らず知らず受けているだろうし、それなりの感銘は覚えるものだ。
人類が生まれてこのかた、どれくらいの量の知識と思いが書物という形になったか、そしてその中の何パーセントが今に伝えられているのか? 翻訳、印刷、出版、流通を経て、私たちは紀元前の役人の愚痴から、おそらく一生行かないと思われる遠い国の工芸品の作り方まで知ることが出来る。
知らない知識に出会うたびに「へえーっ」と感心するし、人の生き方や考え方の深さを知るたびに感動する。
毎日毎日次から次へと新しい本が誕生する。全てを読みたいと願っても叶わないが、生きているうちに出来るだけ多くの本を読めたら、充実した人生といえる気がする。と、言いながら繰り返して読んでしまう本がある。もう読み終えたのだから別の本を読めばいいのに……と思いながら、数えきれないほど読み返してしまう本がある。「万葉集」だ。
初めて読んだのは10代前半――。初恋に目覚め始める頃、「自分の気持ちにぴったりの歌はないかな」と手に取ったのが始まりだった。心惹かれる恋の歌を見つけてはときめいていたが、「ときめく乙女心の歌」と思われる歌の多くを「社会的地位のある大人の男性」が読んでいることに驚いた。
「昔の日本男児は愛だの恋だのに惑わされなかった」「戦後の日本では男女同権がうたわれているが、昔の日本女性には個人の権利などなかった」などと言われてきたがしかし…! 「万葉集」には、「身分が下の女性を力づくで手に入れるのではなく相手の心を求める男性」「やんごとなき立場の人から告白されても遠慮もなくフってしまう女性」「不倫に走る妻」「何度も結婚を繰り返す女性」が、いっぱい存在したのだ。