
デビュー以来、歌手、女優、ラジオパーソナリティーとして活躍し続けている南野陽子さん。親善活動への思いや最近気になる物価高のことまで、飾らぬ言葉で語ってくれました
日・カンボジアの親善大使になって
竹内今年の1月、南野さんは、日本とカンボジアの外交関係樹立70周年の関連行事に協力する「日・カンボジア友好70周年」親善大使に任命されました。外務省で林外務大臣から直接、委嘱状を手渡されたそうですね。カンボジアとはどのようなご縁があったのですか?
南野1989年に日本テレビ系のチャリティー番組『24時間テレビ 愛は地球を救う』で、初めてカンボジアを訪れました。そのとき児童養護施設を訪問したのがきっかけで交流が生まれたんです。当時は長く続いた内戦の影響もあり、インフラも整っていない厳しい環境でしたが、そんななかでも希望をもって生きる子どもたちとの触れ合いは、私にとって忘れられない体験になりました。帰国後もそのことが頭から離れず、もう一度訪れたいと思い続けていたんです。
竹内その願いが叶ったのが2013年、番組のロケで再びカンボジアを訪れたんですね。
南野20年以上前に交流した子どもたちとも再会できてうれしかったです。お母さんになっていたり、地元の企業で活躍していたり、国連の職員になっていたり、みんな立派に成長していて、カンボジアの人の生きる力に感銘を受けました。そのとき、「涙はどこへいったの」という私の曲をみんなが練習していて歌ってくれたんです。その歌声が胸に響き、家族のように大切な人たちがここにいると感じて。この国にできる限り貢献し、応援していきたいと心から思ったんです。
竹内歌は国境を超えるのですね。昨年、南野さんが作詞し歌われた「明日への虹」は、「日・カンボジア友好70周年」のテーマ曲になったとうかがいました。
南野貢献したいと思っても、初めは何をどうしたらいいのかわかりませんでした。コロナ禍で世界中が閉塞感に覆われているなか、とにかく自分の思いをぶつけてみようと、友人たちと協力し、誰に頼まれたわけでもないのにこの歌を作ったんです。カンボジアの風景などで構成したミュージックビデオとしてフェイスブックに投稿したところ、岸田首相がカンボジアのフン・セン首相が来日した際の夕食会で披露してくださって。光栄なことにフン・セン首相が涙ぐんでくださったそうなんです。
デビュー当時の歌も新しい歌も大切に
竹内それが今回の大使就任につながり、新たな交流の道が開けたのですね。後押ししたのは、歌手として心を人に届けたいという思いと、挑戦する勇気だと思います。昨年は新たな試みとして、オーケストラとのコンサートも開催されました。
南野フルオーケストラをバックに歌うのは、ハードルの高いチャレンジでしたから緊張しました。お客様も私も少しフォーマルな雰囲気のなかでコンサートをやりたかったんです。一緒に年を重ねてきたファンの方と、落ち着いた大人の空間を共有するのは素敵なこと。今後も食事やお酒を楽しめる場所でのライブに挑戦したいです。
竹内その一方で、アイドル時代の曲を歌うライブも。思わず「ナンノ!」と叫びたくなる構成で、ファンの方を大切にしていることがよくわかります。
南野変わらぬアイドル像を求める声も聞こえていましたが、セーラー服のイメージはもう厳しいなと思っているし、私も成長したい。でも、コロナ禍となり、孤独でつらいという声を聞いて、今度は私が応援する番だと思ったんです。それでシングル曲は衣装も振り付けも変えず、できるだけ昔どおりに……。タイムスリップして元気になってもらいたいですから。50代の私にとっては、これが一番のチャレンジかもしれません(笑)。歌手としての私の原点は、誰かを励ましたいという思いなんです。