2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えました。その記念企画として、本連載では「50歳からのおすすめ本」を著名人の方に伺っていきます。「人生100年時代」において、50歳は折り返し地点。中公文庫も、次の50年へ――。50歳からの新たなスタートを支え、生き方のヒントをくれる一冊とは? 第36回は、人事・キャリアコンサルタントの楠木新さんに伺います。

楠木新(くすのき・あらた)

楠木ライフ&キャリア研究所代表
1954年、神戸市生まれ。京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社し、人事・労務関係を中心に、経営企画、支社長等を経験。2015年、定年退職。2018年から4年間、神戸松蔭女子学院大学教授を務めた。「働く意味」をテーマに取材・執筆・講演活動を行う。『人事部は見ている。』『働かないオジサンの給料はなぜ高いのか』『定年後』『定年準備』『定年後のお金』『転身力』『75歳からの生き方ノート』など著書多数。

「50歳からの読書案内」について、読書量が多いわけでもない私が何かを語ることは難しい。ただ、若い時に感銘を受けた本をもう一度読み返してみるのは有益であるかもしれない。

私は人生の後半戦ともいえる50歳以降の会社員の生き方を中心に取材をしてきた。充実した第二の人生を過ごしている人の中には、自分の子どもの頃の経験を呼び戻して新たなことに取り組んでいる人も多い。読書においても、一通り人生経験を積んだ時点で、若い頃に印象的だった本を再び読み返すことは、無意味ではないだろう。
 

学生時代に強烈なインパクトを受けた名著

今からほぼ50年前の大学1回生(1974年)の春に、『マルクス・エンゲルス 共産党宣言』 (岩波文庫)を読んだ。やはり世の中は唯物史観に沿って進むのかと納得した。同時に本当にそうなのかという疑問も抱いていた。その数日後に、民族学者である梅棹忠夫著『文明の生態史観』(中央公論社)を読んだ。ベッドの上で「これだこれなんだ」と感じ入ったことを覚えている。

西ヨーロッパと日本は第一地域に属し、その間にある広大な大陸部分を第二地域とした。第二地域では、中国、ロシア、インド、トルコなどの巨大な専制国家の帝国が成立する。一方で、その周縁にある第一地域は外部からの攻撃を受けにくく、気候が温暖なこともあって、安定的で民主的な社会を形成できる。中国やインドのように自ら文明を展開する民族と、日本のように辺境にあって文化的劣等感をもつ民族との対比も述べていた。

なぜ、当時私が強いインパクトを受けたかを考えてみると、以下の3点がある。

(1)高校で学んだ世界史では、西洋と東洋といった局地的なとらえ方が中心で、世界史と言いながらユーラシア大陸全体を含めて巨視的に把握する視点が弱かった。

(2)唯物史観では、社会の進化も法則に従って進む一本道だという理解だが、地理的条件や気候、風土などによって多様性があることを指摘していた。

(3)参考文献や統計的な数値などを根拠にするのではなく、自らの遊牧民の研究やアフガニスタンでの調査など梅棹自身の実際の体験を基に見解を発信していた。

もちろんこれだけ大胆に持論を展開したのであるから、反論や批判も当然あるだろう。ただ私はこれこそが本物だと直感したのである。