MARUU=イラスト
阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。昔、ヨーロッパを旅したときに自分には写真を撮る才能がないと自覚する出来事があった阿川さん。 しかし、スマホを持って以降は写真を苦手と思わなくなったとのことで――。
※本記事は『婦人公論』2023年3月号に掲載されたものです

写真を撮るのは苦手だった。自分には写真を撮る才能がないと、ずっと思い続けてきた。

あれは父と二人でヨーロッパを旅したときのことである。たしかベネチアからインスブルックへ列車で移動中、車窓に忽然と美しい雪山の景色が現れた。白く鋭くそびえ立つ山々が陽の光に照らされて、こちらに迫ってくるほどの勢いだ。

「うわ、すごーい!」

私は急いで小型カメラを構え、窓の外へ向けた。当然のことながら列車は走っている。景色は刻々と移っていく。レンズの中の雪山は、肉眼で見るそれよりかなり小さく映った。

これでは迫力に欠ける。列車がカーブを抜け、もう少し山の姿が大きくなったタイミングを狙いたい。山の位置が動くのに合わせてレンズの向きを移動させる。今か、いや、もう少し。今だ、いや、あと少し。シャッターチャンスを狙い、逡巡し、押しそびれるうちに、神々しき雪山はどんどん遠のいて、前面の稜線の陰に隠れてしまった。

あのとき、はっきり自覚したのを覚えている。

私には写真を撮る才能がない!

きちんと勉強すれば、少しはうまくなったかもしれない。しかし、生来の怠け癖が災いし、私は学習する努力を怠った。そもそも優柔不断な性格の人間には、的確なタイミングにシャッターを押すことはできないのだと思った。

写真は、上手な人に任せよう。世の中にはカメラが趣味という人は大勢いる。旅の写真も記念写真も、撮っておきたいと思う場面には必ず、そういう人が一人や二人、いるものだ。

「撮ってください。お願いします」

そういう立場に徹しようと心に決めた。