イラスト:飯田淳

私たちの会社にはボスがいて、仲間がいて、
安定した収入があった。
けれど、そんな日がいつまでもつづくとは限らない。
好きな仕事をやめたくなることも──

第24回 郵政民営化

「これからは、黙ってやるべ」

そう決意してからの私は、わるくない。

ボスにぜったい逆らわないと心に決めた。すると、なぜか大きな流れにのって、仕事はふしぎにはかどった。

結婚生活にたとえるなら、いちばん幸福な頃だったかもしれない。ほとんど夫の言いなりだが、愛されているからがんばれる。将来の宝となる子どもたちを、私はたくさん産んだ。

ところが困ったことに、この時期を境に私の記憶が消えている。会社のなかで自分が何をやっていたのか、よく思い出せないのである。

がんばって産んだ子(本)の評判が芳しくなかったときは、辛かった。ボスが気に入らない場合、産まなければよかったということになってしまう。

思い出すと辛いので思い出さないようにしているうち、いつのまにか何がどうだったのか、わからなくなってしまった。

「ぶっ壊す」という言葉が、当時メディアに躍ったことはおぼえている。

小泉政権下で郵政改革が進められていたが、小泉首相への風当たりは強かった。

反対勢力は、自民党の集票マシンといわれた支援団体や、郵政族を中心とした自民党議員たち。彼らは「特定郵便局」を含む長年続いた郵政事業を守ってきた。田中、竹下、小渕、橋本……の流れにある日本政界の最大派閥と実力者だ。

つまり郵政民営化は自民党内の大権力闘争であり、政官界における日本型システムとの決別へ向かう闘いのはずだった。

私は郵政がそんな騒ぎになる数年前、「特定郵便局」を舞台にした映画にかかわったことがあった。原作の担当者だった私は、出版社からのプロデューサーとして、入ったのだ。

脚本づくりのためテレビ局側のプロデューサー氏とともに深夜のデニーズで作業したことも、出演者に将来有望なアーティストをキャスティングしたことも、ロケハンで北陸方面の「特定郵便局」を回ったことも、どれも貴重な経験であるものの、その「特定郵便局」、前はあったがいまはない。明治時代に始まった、地方の有力者による家族経営というスタイルは、地元への貢献度に関係なく「ぶっ壊す」の対象となってしまって、いまでは姿を変えている。

あれ? そもそも「ぶっ壊す」の目的語はなんだったっけ? 特定郵便局はなくなって、自民党はいまもある。