イラスト:飯田淳

 

会社上場を機に、ボスの心は
〈外からやってきた〉社員に傾いていく。
しかし、会社を愛する一心だった私は
まだボスをうたがってもいなかった

第25回 新自由主義

ボスの朝は、早い。

電話は早朝からかかってくる。必ず出なければならない。会社から支給されている携帯電話は、ボスと社員のホットライン?いつなんどきでもボスは社員とつながることができる。

あの朝も、私はボスに起こされた。枕元の電話を取ると、いきなりボスはこう言った。

「きみ、株を売っていないだろう?」

ボスはいつもすぐ本題に入る。前も書いたように、ボスは用件しか言わない。天気の話やご機嫌うかがいのようなことを喋っているのも、聞いたことがなかった。

電話に出たとたん、なんの話をしているかわからなくても、なるべく話を合わせる。モタモタしてイライラされると困るからだ。

まもなく私は、自分が持っているボス社の株をまだお金に換えていない、という話をされているのだとわかった。

「は、はぁ……。そうですね、株は全部自分で持っています」

すると、ボスはこう言った。

「少し売りなさい。いいから。気にするな。いま、上がっているから。それでなにかほしいものを買ったらいいよ」

創業メンバーはストックオプションといって、ほかの社員よりも優遇された価格で株を購入できる権利をもらっていた。上席社員のなかには、株を売却してマンションやクルマを購入した人がいることも知っていたが、私はたんに、自分の父親の言いつけを守っていたのだ。大手総合商社で40年、役員までやった父も〈会社ラブ〉を貫いた人。そんな父が、ボス社上場のとき私にこう言った。

「自社株ちゅうのは、持っとるもんや。会社にいるあいだは売るもんやない」

そういやぁそうだ、自社の株価が上がることを前提に、我々は毎日頑張っているのである。社員が自分で売っちゃうなんて株価下落の自作自演?考えてみたら、おかしな話だ。