イラスト:飯田淳

 

ずっと給与の額に無頓着だった私に起きた、
10年前のある決定的な事件。
会社との縁が、「お金」によって
切れることになるとは、想像もしていなかった

第26回 サブプライムショック

ある日銀行に行ったら、給料が半分になっていた。

通帳を手に、ATMの前にぼう然と立つ。

いったい誰がこんなことを……何かの陰謀? そんなことをされる覚えもないのだが――。ボスの指令? まさか。

血の気が引いて、クラッときた。急いでウチへ帰り、抽き出しをひっくり返して過去の給与明細を探す。給与明細をいままでちゃんと見たことがなかったので見方がわからないが、見た。該当する箇所を、前月とよくよく見比べる。目玉が床に落ちそうになった。冷たい床にへたり込むと、石に頬っぺたを付けたような感触を、太ももに受ける。ひんやりと、時間が止まった。

私が何をしたというのだろう?
いや、私は何をされたのだろう?

その少し前、ある本のカバーデザインをめぐって、私はボスと対立した。それは私が個人的に力を入れていた新人作家Aさんの新作だった。私は賞がほしかった。正確に言うと、ゆくゆくはAさんに賞を取らせたかった。取らせたい、というとおこがましいが、それだけの力のある人だと、出会ったときから見込んでいた。私の目に狂いはない。

思い入れが強かったこともあり、私の打ち出した方針をボスに全否定されたときには過敏に反応した。私が口ごたえすると例によって木っ端みじんにされたので、その後しばらくボスを避け、口をきかなかった。もしかして、あれに対する制裁?

自分に非があるとしたら、その出来事しか思い浮かばなかったが、それはないだろう。私がボスに反撃したことは、それまでにだって何度もある。

突然の降格や給与を減額される不祥事など私は起こしていないし、処分の通達も受けていない。しかもいまとなっては上場企業、社長にいっとき反抗したからといって、社員にここまでのことをするだろうか?

やはりこれは何かのまちがい。私は悪い夢を見ているのだ。

その日が来るまで、私は給与明細をちゃんと見たことがなかった。

当時、三菱東京UFJ銀行のATMはマクドナルド六本木東店の隣にあり、住んでいたマンションから歩いてすぐのところにあった。灰色のコンクリートに覆われたスペースは、広くはないが天井が高い。お金を引き出す用事があるときのみ、そこへ立ち寄っていた。

自分がいくらもらっているか?について、〈お金はあとからついてくる〉説を信じ、会社を信じていた。じっさいお金はあとからついてきた、それまでは。仕事で結果を出せばそれなりの増量になってきたのだ。