イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。Webオリジナルでお送りする35.5回は「世界の終わりとブレインフォグワンダーランド」。3回目のコロナにかかり、ようやく熱がさがったと思ったら思わぬ不調に悩まされることになり――

谷川俊太郎さんの鋭い洞察

冬の終わりに3回目のコロナにかかった。高橋源一郎さんとリモートで対談した3月初めにようやく熱がさがったぐらいの状態だったので、「3度目です。もうプロです」と笑っていたのだったが、なんとそのときの動画を谷川俊太郎さんがご覧になったという。いま岩波書店の『図書』で谷川さんとの往復書簡を連載しているのだが、谷川さんからのお便りに、わたしがあんなに笑う人間だとは思わなかったと記されていた。あそこまで笑っていると深読みしたくなる、という実に鋭い洞察も添えて……。

さすがである。PCの前で、わたしはそのお便りにひれ伏した。人が意味もなく笑っているときには、だいたいそうせねばならない理由がある。そう。わたしにものっぴきならない理由があったのだ。

ブレインフォグである。

初めてコロナにかかったときは、わりとしゃんとしていた。というか、あのときは、がんで入院していた連合いのコロナ感染のほうが生死の境を彷徨う容態だったので、自分のコロナの状況はあんまり覚えてない。しかし、2回目は大変だった。味覚と嗅覚が完全にやられ、頭がぼーっとして思考力が落ち、ある原稿について「中盤からの展開がよくわからないのですが、説明してもらえませんか」と編集者から物言いがついた。で、突っ返された原稿を自分で読んでも「あれ? わたしこんなもの書いたっけ」と他人事のように思え、「この文章、自分でも何を書いているのかさっぱりわかりません」と正直に返事するしかなかった。

そして3度目のコロナである。はっきり言っておく。これはプチ認知症である。しかも、その状況が何ヵ月も続く。記憶の回路が何かによって遮断され、もとに戻らなくなってしまうのだ。物書きが対談するときは、「あの作品が」とか「あの著者が」とか、記憶の引き出しをあれこれ開けながら話を進める。ところが、「あ、そういえばこういうのがあった……」と思いついても、その著者やタイトルが出てこないと会話は著しく困難になる。はっきり言って(何回もはっきり言う必要はないのだが)、対談にならない。それで、ずっと笑っていれば誤魔化せるだろうと思っていたのだが、谷川俊太郎さんはお見通しだった。