イラスト:飯田淳

こうなった以上、会社にいることはない─。
想像もしていないタイミングだったが、私は
会社をやめることにした。最初に
告げたのは、もちろんボスだ

第27回 辞表提出

なんで会社をやめたのか?

この10年、会う人ごとに訊かれてきた。

友人知人と再会するたび、著者インタビューを受けるたび、ここ数年は大学などで「編集について」の講義をしているのでその学生たちにも……質問される。

けれど、私はそれについて、誰ともちゃんと話していない。

他人とじっくり話をしていないから、冷静な分析も整理もできていないのである。

会社を信じていた私に起こったサブプライムショック。それを真正面から受けて、当時はショック死のような状態になった。

誰にも知られたくなかったので、周囲には黙っていた。会社の仲間にも、親しい友人にも、信頼する作家にも。なにより両親に、言えなかった。墓場まで持っていこうと思っていたくらいだ。

なんであんなことが起こったのか、いまもってわからない。誰の説明も受けていない。誰か本当のことを教えてほしい。いや、もう教えてくれなくていい。それにいまここでそれを言ってもしょうがない。会社からNOが出た。そう受け止め、黙ったまま会社を去ることしかできなかったのだから……あのときの自分には。

会社から離れる日はきっと誰にも公平に、いつかはやってくるのだろう。

それが自分の意図するところとは違うとき、人は戦うこともあるのかもしれない。
でも、私は戦わなかった。

逃げたのではない。先ほども述べたように、ショック死状態だったのだ。全身の血流が止まって、頭のてっぺんからつま先まで凍結、いったん思考も停止した。世界のあちこちで巨額のドルが滞り、そして迎えたあの日のように。

信じていた世界の崩壊は、まさに〈恐慌〉と言えた。

サブプライムショックと引き換えに、何が起こってもおどろかない強さを、私は得た。たとえば明日Yenが紙切れになっても私はおどろかない。「まさか」はいつなんどきでも起こりうると思っている。言いかえれば、私はサブプライムショックによって、何もかもが信じられなくなった。

人も、情報も、信じられなくなった。

さらに、どれほど人に優しく、丁寧に接してもらっても、素直に喜んでいいのだろうか? とも思うようになった。

人びとが抱き合い、涙を流し合って喜びを分かち合う姿を見ても、感動できなくなった。

何かにだまされているのではないか? という気になるだけだった。

こんな私が編集者をやることは、きっともうない。

信じることができないと、何も作れないからだ。