私は、大好きだった自分の仕事と、お別れすることにした。

自分の作ってきた本たちを、一つ一つ手にとってみる。

信じることなしにできたものなど、一つもなかった。

それは、泣けてくるほど、一つもなかった。

すべては、信じる力によって、成し遂げられていた。

本にはこうしてかたちがあり、本は何かを訴えてくる。

私はこれから先の人生でも自分が作った本に触れるたび、サブプライムショックを思い出してしまうだろう。

次に何かやるなら、かたちに残らない仕事がいい。

作っても、すぐに消えて、なくなるもの。

たとえばパン屋さん、バーでカクテルを作る……あ、私の場合は演奏のほうがいいかな、バーでクラリネットを吹くのはどうだろう? 雇ってくれるお店はあるかしら。そういえば背後霊は髪の長いロマの笛吹き女だと言われたことがあったような……それそれ。店がなければ世界を放浪。誰かの心に一瞬でもいい、そっと触れて、あっさりその場を去るような音を出す。

そう考え始めたら、夢はけっこう広がった。音楽だけでない、そもそも絵や文章を書くのも私は小さい頃から好きだった。今後どんなことをやるにせよ、こうなった以上、私にもプライドがある、会社に残るという選択だけはありえない――。

「私、やめます」

そうボスに告げた朝のことは、よく覚えている。

朝出社してすぐに、お時間くださいと声をかけると「いま、いいよ」と言われて二人で社長室へ移動し、直接話した。

いちばん最初にボスに話すと決めていたので、ほかの誰にも打ち明けていなかった。

ボスが本当にびっくりしたようすだったので、こっちまでびっくりした。お互いとてもびっくりのまんまる目で、一瞬見つめあう。

全身の動きを止めたあと、ボスはつぶやいた。

「……そう」

「はい。たいへんお世話になりました」

私が辞表を差し出すと、「ボブに渡してくれ」と目を伏せた。

きっともう二度と入ることはないボスの部屋を、私は退室した。自分の席の横を通って、役員のボブ(仮名)さんに辞表を手渡す。ボブの目もまんまるだったが、それはいつものことだった。

社長と役員が知っているのだから、「私、やめます」=I‘m OFF 宣言を公表したも同然なのに、辞表を出して何日たっても社内にちっとも広まらない。とうとう自分から、周囲に言ってまわることにした。

「なんで!?」とみんな言った。

会社の仲間たちはかわるがわる引き留めてくれた。中には涙を流して説得してくれる人もいた。みんなの気持ちは、本当に嬉しかった。が、その想いに私はうまく応えることができない。だって自分はそもそも会社をやめる気などなかったのだから……。

「なんで? って。私が聞きたいよ……」