一方、作家たちには、おおむね好評だった。

たいていの作家が「よかった」と言い、「おめでとう」と言った人までいた。

やはりものを書く人というのは、いつも孤独に向き合って、一人で仕事をしているだけに見ているところが違うのか、これから先の私に訪れる試練を、祝福してくれている気がした。

ただ、本当のことが言えなくて、申し訳ない。

長年お世話になった年配の作家が黙って私の手を取り、つよく握ってくれたときには隠していた思いが溢れ出て、くやしさをこらえきれなくなった。何も話さなくても、その人にはすべてお見通しのようだった。

こうして I‘m OFF 宣言の件は、やがておおやけになった。

そこから会社を完全に去るまでのおよそひと月半、宴続きの毎日を私は送る。社内外の人びとから毎晩のように会食のお声がかかり、激動の20年を振りかえることとなった。楽しくお酒やご馳走をいただき語らいながら、「ところでいったいなんで会社をやめるんだっけ……はて?」とのギモンはおそらく、私とお会いくださった方々の胸に浮かび、私の胸にも浮かんだ。

そうこうするうち、胸のしこりが痛みだした。初めのうちはズキンズキンとたびたび痛み、そのうち痛みが治まらなくなった。

痛みを発する数年前から私の右胸の上部にあったそれは、小豆大の硬い塊で、アロママッサージの人が最初に見つけた。

「一度、乳ガン検査を受けてください」

すぐに会社のそばの、日頃の健康診断でもお世話になっているクリニックへ行ったところ、「気にしなくていいでしょう」ということだった。安心してしばらくは従来どおり暮らしていたのだが、ガンの芽はサブプライムショックによって本格始動したらしい。

I‘m OFF 宣言のストレスが、ガンの悪化を加速させたと思われる。私は退社の挨拶まわりや会食の合間を縫って、いくつかの病院を訪ね、検査を受けた。