誰もが体内に、ガンの芽を宿している。

体調には波がある。人生に波があるのとおんなじで、私たちの身体の細胞たちは、良い方と悪い方、その両方を逐次経験しながら行ったり来たりし、バランスをとっている。ところが過度なストレスを受けたとき、ふしぎなことにその芽は育つ。

ガンの芽がどこからやってくるかというと、自分自身の中からやってくる。

やってくる、というより、はじめから居る。とても小さなツブたちである。ツブツブは「生まれつき」が好きなので、肉体を持った人=オーナーが生まれたての頃は、機嫌がいい。けれどもやがてオーナーが成熟し、オーナーとツブツブの関係が崩れそうになると、このままじゃまずいよ、とオーナーに知らせようとする。

無視されると、ヘソを曲げ、暴れる。オーナーが外部から不当な扱いを受けることや、粗末にされることを嫌う。メッセンジャーのような存在だ。なんのメッセージかというと、たましいからのメッセージ。オーナーのたましいを尊重しており、オーナーのたましいが何者かを拒絶するとき、異様なパワーをもって巨大化し、たましいの応援をする。

やがて蚕のように糸を吐き、ヘンな服を編みはじめる。カタカタ、カタカタ。その出来上がりは、私の「似合わない服」となる――といった、ガンにたいする私の考察は『似合わない服』という本に書いた。

ポイントは、ガンの発症が自浄作用であることだ。おそらく病というものはどれもそうで、人間の営みがバランスを欠いてしまったとき、それを取り戻そうと働く力。

誰もが、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら生きている。

私たちの細胞は日々さまざまなやりくりをしている。毎晩、寝返りを打ちながら、少しずつ歪みを矯正するように。ところが歪みが放置され、歪みが行き過ぎると、〈恐慌〉がやってくる。経済活動も生命活動もすべて人の営み、その危機に起こる自浄作用であるからして、本来私たちはこれを無理に抑え込もうとしてはならないのである。

サブプライムショックが引き起こしたボスとの別離、それにともなう乳ガンの発症――は私にとってまさに〈恐慌〉であり、結果的にはそれが私自身を浄化していくという、〈毒をもって毒を制する抗ガン剤〉のような働きをした。

(つづく)