イラスト:飯田淳

〈ひとつところ〉で働くと心に決め、勤めた会社を去る──。
これからは、ボスなしの世界で生きていかなければならないのだ。
私は声のかかるまま、ほかの出版社を訪ねることにした

第28回 お別れ会、そして再就職活動

平成元年に私がボスと出会い、出版業界で仕事してきた日々を当連載に綴ってきたが、前号で私の〈辞表提出〉までたどりついた。

「なぜ退社を決めたのか?」をようやく書くことができて、感無量である。10年かかった。

私と同世代の働く女性たちにインタビューをしながら、この連載を書いてきた。仮名にしてあるが、すべて実在の人物、実際の発言である。

日本を代表する有名企業に勤める「彼女たち」の話を聞くごとに、自分の労働環境は特殊だったことを痛感している。けれどもおんなじなのは、〈みんながんばってきた〉ことだ。月並みだけれど。そのことがよくわかった。だから居場所を離れるときの、くやしさもさみしさも、みんなおんなじではないかと思った。

ようは私が特別なのではぜんぜんなくて、人に隠す話でもなければもったいぶる話でもない。そう思えたら、これまで言えなかったことを、言いたくなった。

誰かの思考を引き出してパッケージしてそれを商品にして流通にのせること……を我がなりわいとしてきたことからの躊躇もあったが、もう編集者は廃業した。出来事は起こり、私が感じ、考えたことがある。それをそのまんま、綴る。それでいいじゃないか――書くことをためらう? 何様なんだ? と自分に突っ込めるほど立ち直ったのは本連載と読者様のおかげである。

インタビューした「彼女たち」のなかに、もうすぐ定年を迎える方がいた。

総合商社で海外プラント業務に従事してきた、メグさん(60歳・独身)。

「入社当初から私の仕事は海外のお客さん相手で、たとえば東ドイツ(当時はまだ東西に分かれていた)などからくる書類の整理や作成が主でした。男性の営業担当者がいて、こっち(女性のアシスタント)は言われたことをひたすらやる。主にタイピストです。原稿を渡されたら機械に向かってパチパチ打つだけという、扱う書類が横文字だっていうくらいで、あとはほかのOLの方とおんなじですよ。まだテレックスの時代でした。お若い方は知らないと思うのですが、書類にカーボン紙を差し込んで複写して、間違うと砂けしで消したりしてね。(笑)

入社の際、『ぞうきんを持って出社してください』と言われました。あの頃の会社はどこもそうだったと思いますが、女性は毎朝みなさんの机を拭いて、えんぴつを削って、お茶を淹れる。コーヒーの人もいるので、『この人はクリーム多め』とかおぼえて男性社員たちにお茶出して。デスクの電話は2人に1台」