退社した私に、いくつかの出版社の方がお声をかけてくださった。

〈独身・子なし・仕事なし〉のままでは、高齢化中の両親に心配をかける。とくに母は、私が急に退社したことに心を痛め、体調を崩し、ナゾの難病を発症してしまった。

「もう編集者はやらない」

いったんは心に決めたものの、そう頑なになっていては良縁を逃してしまうかもしれない。私はお声のかかるまま、出版社へ出かけてみることにした。

ほかの会社へ行くなんて、ふしぎな気分だった。自分がそんなことになるなど、まったく想像もしていなかったから。

まず出版大手の2社を訪問することになった。どこかの会社に〈社員〉として入る気はもうなかったので、私は力が抜けていた。あんな目に遭っても、私はボスへのスジを勝手に通していた。けなげで泣けてくる。ああそうだ、ボスはもう私のボスではないのだから新たな呼び名を考えねばならないが、とりあえずボスのまま話をすすめる。

とにかくこれからボスなしで生きていくならなおさら出版社とのコネクションは大切、これは一種の再就職活動であるからして、本来気合を入れて行くところだ。

大手出版社へ行くとボスがよく言っていた言葉を思い出した。

「ウチはアリですから」

その昔、ボスが会食などで、外の人によくそう言っていたのだ。

……え? アリ?

虫の蟻。会社の規模の話だ。大手をライオンやゾウにたとえての、アリだったと思われる。

話の相手は業界人であったり作家であったりし、その方が、当時まだ小規模であったものの創業まもなくヒットメーカーとなったわが社をほめてくださるとき、社長としての謙遜で言っていたのだろうが、私は「そんなこと言わなくていいのになぁ」と、となりに座るボスを横目で見ながら思っていた。アリだなんて。あの頃の私は自分の会社がなんてったってスペシャルな第1位だったのである。

しかしそれから時は過ぎ、自分が「まさか」の退社を経て、ライオンやゾウの会社に出入りすることになった。入口の高い天井を見上げながら、唸る。

「う~ん、やっぱりアリだったかも……」

会社の規模がいろいろならば会社の中身もいろいろだということを、私はじきに知る。そこにはいろんな人がいて、大きさに関係なく、いい仕事をしていた。ボス独裁政権特区から20年出たことがなく、〈会社を失ったら死も同然〉くらいに思っていた私には、見るもの聞くものなんでもかんでも生まれたての子どものように新しく感じられた。

(つづく)