作家の西加奈子さん(左)と産婦人科医の高尾美穂さん(右)(撮影:玉置順子(t.cube))
家族3人で移り住んだカナダ・バンクーバーで、2021年夏、西加奈子さんは乳がんを告げられた。医療制度や慣習が異なる地で8ヵ月の治療の日々――。産婦人科医として女性の生涯に寄り添う高尾美穂さんと、がんという病、医療のあり方、そして閉経後をどう生きるかまで、広く深く語り合う(構成=菊池亜希子 撮影=玉置順子(t.cube))

<前編よりつづく

感情を見つめて抱きしめる

西 私は、とにかく自分の気持ちと対話しました。たとえばイライラしていたら、「なんでイライラしてるの?」と聞く。それを繰り返すと、私の場合、ほとんど「恐れ」に行きついたんです。恐怖とはほど遠そうな感情がきっかけでも、掘っていくと「そうか、怖かったんや!」って。

高尾 何が原因なんだろうと自分の気持ちに潜り込んでいく作業は、実はなかなか難しい。私はよく患者さんに、「気になることや不安に思うことを、とにかく書いてみましょう」と言っています。心に浮かんだことを、ただ書き出すだけでいいんです。

西 わかります。私もいつも書いてます。治療の間、何度か、すごく怖い瞬間がありました。その怖さから目をそらして治療を終えても、きっと何からも解放されない。だからとことん怖さに向き合おうと思って、常に「何が怖い?」と自分に聞き続けました。

私、今、泣いてる……何に涙が出る? 痛いから? いや、痛いのは大丈夫。死ぬのが怖い? そうか、死ぬのが怖いか。じゃあ、なぜ死ぬのが怖い? というふうに。母親としては「子どもに会えなくなるのが怖い」ももちろんあるけど、そんな美しい答えだけじゃない。全然違うところからの「怖い」も出てきて……。自分の感情を見つめて抱きしめるということを、徹底的にやった気がします。

そして最終的に思ったのは、こんなにも怖いなかを44年間、私、よう生きてきた。こんな弱虫やのに、めちゃめちゃ怖いのに、ほんま、よう頑張ってる……って。

高尾 加奈子さん、本当に頑張ったし、頑張ってる。それって実は女性たちの多くに言えることかもしれませんね。家の中や外で役割を持って過ごしている女性たちが、どれだけ自分のなかでたくさんの感情を抑え込んで生きているのだろうと思うのです。

社会も変わってきているけど、根本的にはまだまだ女性が生きやすい世の中とは言えない。そんななかで、自分の体や心が望むことを後回しにせざるをえない女性たち、そもそも心の声を聞けていない女性がどれほど多いことか。皆さん、自分自身に「よく頑張ってるよ」と言ってあげてほしいと思います。