イラスト:飯田淳

ガン治療にはお金が必要だ。
失業保険を受け取るため、ハローワークに行った私は、
はじめて失業者たちを目のあたりにする。
闘病のための通院も、これによく似ていた

第30回 抗ガン剤治療とお金

「100%脱毛をきたします」

乳ガンの主治医はそう言い切った。

私は当初どうしても脱毛したくなかったので、なんとか抗ガン剤から逃げられないものかと考えていた。

さすがに20年編集者をやっていると、こういうときに友人知人から資料・情報がどっさり集まってくる。興味深いところでは、宗教団体の勧誘めいたものもあった。

死に直面する病を得たときに何が必要か? おのずと決まってくる。

希望は人から与えられるものではないと思っている私には、そこへ入る必要がなかったけれど。

情報収集のあとは情報を捨てていく。仕分けのポイントは、マネーだ。身体感覚第一であるとはいえ、先立つものがなければ医療は受けられない。

信頼する友人が重粒子線治療の資料をくれた。重粒子線治療はピンポイントでガン細胞にアプローチするもので、脱毛はしない。どうしても脱毛したくなかった私は、それをいったんは検討してみた。ところが保険がきかず、高額なのである。

そのときはまだ退職していなかったので(辞表は提出していた)、総務部長のところへ行った。その人は株式上場のときに銀行からやって来て、上場を成功させ、上場以降の会社のかたちをつくった人物のひとりである。

「ちょっと話があるんだけど。いま大丈夫?」

「いいですよ」

私たちは細い机を挟んで向き合った。

浅黒い肌をした精悍なこの人に、私は好感を持っていた。私が仕事中に左足首を粉砕骨折するという大怪我をしたとき(第21回)、労災認定の手続きをしてくれたことから、私は彼に信頼を置いていたのだ。社歴では先輩の私に、いつでも丁寧に接してくれる。

「ねえ、私の退職金って、いくらくらい出るのかなあ?」

すると彼は、2ヵ所からお金が出ると言った。

一つは会社から〇万円、もう一つは中小企業なんとかというところから×万円。

「退職金の振込日が決まったらすぐに教えてね。……私、ガン治療をしなきゃいけないかもしれないの」

そう言ったものの、〇と×を合わせても、退職後の生活を思うと重粒子線治療は受けられそうになかった。