名前が呼ばれて、カウンターに進み出た。

そこにはカウンセラーなのだろうおじさんやおばさん、お姉さんが並んでいたが、私は体格のいいお姉さんの前に座った。パソコンの画面を私のほうへ向けるようにしながら、「どのような方向でお探しですか?」と尋ねてくれる。仕事を探してもらう気はなかったが、せっかくなので「どんな仕事がありますか?」と聞いてみた。

「あ、事務はできません」

はじめにことわっておく。

するとお姉さんは申し訳なさそうな表情で画面に向き直り、マウスをクルクル回した。

「……」

「そうなんですよ~。事務ができないとなると、ないのですよ」

40代以上の求人の少なさに愕然とした。

「あとは飲食店……(クルクル)でも、40代だと求人はぐんと減ります。ほかには、介護……(クルクル)ですかね?」

「はあ……」

事務能力も体力もない私にできそうな仕事は、皆無だった。

お姉さんが悪いわけではまったくないのだが、ハローワークって必要なんだろうか? などと考えはじめる。目の前に座るこの人には毎月お給料が出ていて、私には出ない。私がお勤めしていた時は、来る日も来る日も企画やコピーを考えに考えぬいて、寝ている間も考えていた。〈考えに考えぬく〉はボスがよく言っていた言葉だ。それはものごとをかんたんにしない、かんたんに済まさないことである。20年彼のもとにいた私は、そういうボスのしつこさに、ものすごく鍛えられた。ボス本人が、〈考えに考えぬく〉で、いつも全身をパンパンにさせているような人であった。

私はもともと文章やコピーを書いたりするのが好きだったので、仕事を苦に思ったことはなかったが、〈考えに考えぬく〉ことで商品は磨かれ、完成度は上がる。ボスにほめられると嬉しくて、私はたくさん考えた。途中何度も怒られたが、〈考えに考えぬく〉をやるから、私はヒットをたくさん出せたのだと思う。考えに考えぬかない=ちょっとでもかんたんに済まそうとすると、すぐにばれた。そして嵐に遭う──ひどく怒られ、全人格を否定され、もう生きていかれないのではないかというほど打ちのめされた。

会社ではそうしてボスに怒鳴られて泣いたりして、用事があれば国内外どこであろうと出かけて行って、昼夜問わず動いて人と会い、深夜ウチに帰って寝たところで仕事の夢ばかり見る……そんな毎日を積み重ねてようやっともらえる、毎月のお給料だったのである。いま私の目の前でパソコン画面をクルクルしているこの人は、それを知ったらどう思うだろう?

いずれにせよ、高額な治療を受けたところで、ガンが治るとも思えなかった。なぜなら、ガンの芽(小さなツブたち)は自分自身のなかにあるからだ。

ピンポイントで悪い部分を取り除く。そんなことで済むだろうか? いや、ツブツブはこうしている間にも血液やリンパの流れにのって、私の全身をグルグルとめぐっている。「取り除く」などといった、生易しいものではない気がした。それよりもっと抜本的に、自分を変えなければならないのでは?