私がガンになったのは、〈もともとの自分〉を粗末にした結果である。そのことを私はわりと早い時期に直感していた。〈考えに考えぬく〉ことで、よりその思索は深まっており、ガンを克服・検証するプロセスにおいて〈もともとの自分〉に私は近づきたかった。

では何をするか? 〈できることから変える〉必要があった。たとえば、ガンの発症がライフスタイルと無関係ではないのなら、ライフスタイルを変更することは必須である。抗ガン剤治療を受ける必要があると主治医が言うなら、抗ガン剤治療を受ける。

抗ガン剤が体内の状況を逆転させるパワーをもつことが、私にはすぐイメージできた。

これは予防じゃない。もう私はガンになってしまっているのだから――まずはそこから行こうじゃないか。

クスリを打ったピッタリ3週間後に、頭髪が一挙に抜けた。枕が抜けた髪で真っ黒だった朝のことは、生涯忘れない。

頭髪だけでなく、鼻毛、睫毛、眉毛、陰毛……ほとんどの体毛がなくなった。

そして吐いて、吐いて、吐きまくった。

「禊だ」

固い絆で結ばれていた(はずの)疑似家族だった組織を辞したのである。

指詰めのごときこの苦境を乗りこえない限り救われず、先へ進めない気がした。

私の身体はあっというまに小さくなった。

嵐の中の小鳥、そのものだった。

毎日のように会社で嵐に遭いながら稼いだ私のお金は、みるみるうちに減っていった。お金とともに私の過去も実績も、何もかも消えてゆく。

そうなると、会社での日々がまさにバブル――泡のごとき――幻の時代のように感じられた。

じっさい社名に「幻」の字が入っているくらいだからねぇ……などとひとりごちる。

幻の会社があったのかなかったのか、会社への愛が、急速に冷めた。社名の入った便箋や封筒、紙袋などのグッズがまだウチに残っていたが、さわれなくなった。あれほど〈会社ラブ〉だった私が、どうしたことか。

株も、もう必要ない。私にとっては〈自社株〉でなくなった株である。在職中に一部売却したことは先に書いたが、残りも手放す。もう持っていたってなんにもならない。私を追い出した会社の株を持っている必要なんてない。だいたいガンという命のピンチに直面した私にすれば、株を現金に換えて少しでも治療代の足しにしたい。

そんな私のところへあるとき、元同僚から電話がきた。

「ミルコさん、会社の株ってまだ持っていますか?」

少々慌てた様子なのでわけを尋ねると、会社の株が何者かに買い占められているという。
(つづく)