イラスト:飯田淳

ある日、元同僚から電話がきた。
「何者かに会社の株が買い占められている」
──そう聞いた私は、なぜ会社を辞めたのかを忘れ、
ついボスに電話しそうになった

第31回 上場廃止とタックスヘイブン

毛がなくなり、お金がなくなり、仲間もいつしかいなくなった。

いろいろなくなったが、命はあった。

私の身体は過酷な治療に、耐えることができたのである。

闘病中から私は、文章をよく書いた。

ある雑誌の編集者が、「何か書いてほしい」と言って、うちの近所まで足を運んでくれた。私は毎回違うテーマ(ジャズのアルバムやアーティストの演奏)を与えられ、それについて原稿用紙2枚ほどの短文を寄稿する。エッセーのような小説のような、自分でもなんともふしぎな原稿が、毎回仕上がった。編集者は拙文を有名写真家による写真と組み合わせ、カラーのカッコいいページに、おとしこんでくれた。

彼はいつもじょうずに私をほめた。

自分の書いたものを気に入ってくれる人がいる――とは、こんなにうれしいものなのかと思った。

以前は逆の立場だったので、気に留めていなかったけれど、「編集者」という職業の人がどれほど書く人を支えているか、身に沁みた。

「ぼく、ミルコさんはYさんみたいになるのかなって思うんだよ」

有名な音楽評論家の名前を出して、彼は言った。

私はその方がどのようなお仕事をしてこられたのかよくわかっていなかったのだが、彼がどうやら私への大きな期待をもってそのことを言ってくれたのだということは感じた。

「え? そうなの? 私はYさんになるのかなぁ?」

そういえば編集者として多忙な仕事のあいまをぬって音楽を続けてきたことが、こうして役に立っているのだから、まんざらでもない気がした。

すぐ調子にのるのが悪いクセ。

やがて海外ミュージシャンのインタビューの仕事が来るようになったが、私は言葉の壁の前に挫折する。英語は子どもの頃から好きで、どちらかといえば得意なほうだと思っていたが、まったく通用しなかった。

会社員編集者としてお膳立てされた海外出張をするぶんにはなんら不自由を感じなかったそれが、相手の感情に入っていくというインタビューの仕事では、てんで使い物にならなかったのだ。