海外旅行先として私たちにもおなじみの香港とシンガポールは、代表的なオフショアだ。ケイマンなどの島々と併せてみると、これらの地域はみな大英帝国の植民地や自治領だったことがわかる。

大航海時代より、イギリス人が世界のあちこちへ出かけていったのは、有名な話である。

彼らはスパイスを求めて、航海した。お肉を美味しく食べるために、それが必要だったのだ。

自分たちの特産品、たとえば毛織物(商売相手は暑い所が多く、あまり売れなかったらしいが)などを売る先を探すと同時に、それらと交換してスパイスを手に入れたい、その一心で危険を冒して海へ出た。質素な船で嵐に耐え、とてつもない距離を移動しているのである。そこまでしてお肉を食べたかったのかなぁ……。

ガン治療のさい、私は肉食をやめている。元気で働いていたときはいただいていたけれど、もう10年経っているのでいまではなんとも思わない。自分にとっては食べないほうが自然だとさえ感じられる。お肉を食べることが自然だという人もいるだろう。それがいったいなんなのか考えた結果、人のルーツすなわち〈もともとの自分〉にかかわるのだと思うようになった。

抗ガン剤治療後の身体は、必要なものしか求めてこない。別の言い方をするなら、必要なものは身近にあった。

「身土不二」という言葉があるけれど、その人の生まれた場所に、必要なものはたいてい与えられているらしい。ならば、遠出することなど本来はないはずなのでは? 「500年後を生きるおまえに何がわかる?」と叱られるかしら。

話を戻すとそのようにして出先の遠い島々で欲しいものを手に入れたイギリス人たちは、「東インド会社」設立とともに繁栄していく。ライバルのオランダ人と競い合いながら、スパイス貿易を巨大ビジネスに育て上げる。やがてさまざまな交易品を扱うようになり、しまいにはそれで得た〈お金〉そのものが、〈金融〉というビジネスになった。

産業革命以降の世界金融の歴史をたどれば、イギリスが自国ファーストで有利な取引を模索した軌跡が浮かび上がってくるのだろう。汗をかかずに国を潤すシステムの完成をめざし、さらにはそのシステムを世界各国に広げようとした。先進国が新興国から吸い上げた富を運用する金融モデルで自国の経済を支えてきたのが、バブルの歴史でもあるのだ。

かつて7つの海を支配するといわれた覇権国家イギリスの、主要産業である〈金融〉を支える仕組みであったタックスヘイブン。

国際的な裏金隠しは、いまも続いているという。

真犯人は、国境なき世界をけん引してきたグローバリスト――?

ところで退社以降、ボスと私は話らしい話をしていなかったが、ある日思いがけないかたちで再会をする。ガン治療を終えた私のアタマに、毛の生えそろった頃だ。

(つづく)