2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えました。その記念企画として、本連載では「50歳からのおすすめ本」を著名人の方に伺っていきます。「人生100年時代」において、50歳は折り返し地点。中公文庫も、次の50年へ――。50歳からの新たなスタートを支え、生き方のヒントをくれる一冊とは? 第43回は、エッセイストの末井昭さんにうかがいます。

末井昭(すえい・あきら)

1948年岡山県生まれ。工員、キャバレーの看板描き、イラストレーターなどを経て、1975年にセルフ出版(現・白夜書房)設立に参加。『NEW self』『ウィークエンドスーパー』『写真時代』『パチンコ必勝ガイド』などの雑誌を次々創刊する。2012年に白夜書房を退社。現在はエッセイスト、平成歌謡バンド・ペーソスのテナーサックス奏者として活動。2014年、『自殺』で第30回講談社エッセイ賞受賞。著書に『素敵なダイナマイトスキャンダル』(ちくま文庫)、『結婚』(平凡社)、『末井昭のダイナマイト人生相談』(亜紀書房)、『生きる』(太田出版)、『自殺会議』(朝日出版社)、『100歳まで生きてどうするんですか?』(中央公論新社)ほかがある。

29年ともに暮らした妻と別れて

50歳を前に妻の元から家出して、ホテル暮らしをしばらく続けたあと、部屋を借りて写真家の神藏美子(かみくらよしこ)と住むようになった頃のことです。

妻とは29年一緒に暮らし、別れ話を切り出したことなど一度もなかったので、夫婦喧嘩の弾みで「別れよう」と言ったとき、妻は本気にしませんでした。
「好きな人がいるの?」と聞くから、「いる」とそっけなく言って家を飛び出すと、「嫌だぁ〜!!」という妻の叫び声が聞こえました。
その声がいつまでも耳に残っていました。
自分の罪悪感を薄めたいがため、家も貯金も妻に渡すことにしました。

神藏美子は、「そんなに奥さんのことが心配なら家に帰ったら?」と、冷やかに言います。そして、「これでも読んだら?」と言って渡されたのが、宇野千代の『おはん』でした。