
次々と洗われていく実家のカーテン
2年前まで私は、「うちは両親ともに元気でラッキー」なんて思っていた。ところが、父が亡くなってみると、残された母がいつの間にかおかしなことになっているではないか。
まず、ものすごくわがままになった。たった今出かけると言って、玄関から一歩外に出たとたん、「暑い、やだ、やめた」となる。自分の用事だというのに。
電車を待っていると、ホームの端のギリギリまで行く。私が「危ないよ」と言っても手を振り払って進む。到着した電車から降りてくる人をまったく避けず、突進していくのだ。
そして、やたらと買い物をするようになった。母はもともと貧乏育ちで、結婚して寝食を保証されてからも、倹約精神が旺盛だった。父が出世したのちも、母は変わらずボロの格好のまま。数年前までは、レジで自分の番を待っている間にカゴの中身を暗算し、小銭を準備しておくような人だった。
そんな母が、新聞の折り込みチラシにあった「日帰りカーテン洗濯」にはまってしまった。カーテンを取り外すところから業者の人がやってくれるのだ。外して洗い、きれいになったカーテンを夕方また取り付けてくれる。
実家のカーテンは、次々に洗われた。まず内側のレース。これが終わると外側の厚い布地のほう。しかしこれだけでは終わらなかった。
ある日実家に行くと、居間のペルシャ絨毯がなくなっていたので仰天した。
「絨毯、どうしたの?」
と、母に聞くと、
「山形に行った」
という。
私は急いで自宅に帰り、パソコンで「カーテン 日帰り 洗濯」などの言葉を入れて検索してみた。すると、あるクリーニング店の広告が見つかった。さらに熟読すると、「絨毯もおまかせください」と出ている。料金は……一般的なものと高級品では、まったく異なる。高級品にもさらに種類があり、ペルシャ、緞通(だんつう)、とさまざま。一般的な絨毯だと1枚いくらという設定だが、高級品だと1平米いくら、となる。
古い絨毯、汚れや傷みがひどいもの、という項目もある。実家の絨毯は買ってから18年間、一度も洗ったことなどなかった。一体、いくらかかるのか……。
ペルシャ絨毯がようやく戻ってきたかと思うと、今度は食卓の下の緞通が遠くへ行った。ペルシャと緞通、それぞれ数万円は取られただろう。かつての母の消費行動とはえらく違う。
「ねえねえ、ママがね」
私は勢い込んで姉に電話をした。
「お家がきれいになって、いいんじゃなぁい?」
姉の応えはのんびりしたものだった。