2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えました。その記念企画として、本連載では「50歳からのおすすめ本」を著名人の方に伺っていきます。「人生100年時代」において、50歳は折り返し地点。中公文庫も、次の50年へ――。50歳からの新たなスタートを支え、生き方のヒントをくれる一冊とは? 第46回は、ミュージシャンの和嶋慎治さんに伺います。
和嶋慎治(わじま・しんじ)
1965年12月25日生まれ。青森県弘前市出身。85年、駒澤大学仏教学部入学。大学時代にハードロックバンド「人間椅子」を結成し、90年メジャーデビュー。歌詞やタイトルに文学作品を題材とした楽曲が多く、近年では海外フェスへの出演、Youtubeなどにて世界的に人気を得る。個人名義では2017年、初の自伝『屈折くん』を刊行。23年9月、バンドとして23枚目となるアルバム『色即是空』をリリース予定。
酒に溺れかけ、やさぐれかけ……そんな時、貧乏の先達が慰めてくれた
どんどん物価が上がっている。
(電気料金等に対する)政府の補助金も10月には打ち切られるはずだから、今年(2023年)の冬以降はとんでもないことになるだろう。対し、日本人の給与はこの30年ほど上がっていない。未曽有の物価高が到来したとして、お金持ちならいざ知らず、一般庶民は貧乏生活を強いられること必至である。
30代から40代前半まで、僕は貧乏のどん底にいた。
バンドも売れなかったし、生来の怠け癖が災いして、一日百円で暮らすこともしばしば。かろうじてアルバイトで食いつないでいた。酒に溺れかけ、やさぐれかけ、そんな極貧の僕を慰めてくれたのは、哲学書であり思想書であり、いくばくかの小説であり、そして同じく貧乏にあえいでいた先人たちの伝記だった。
『ベートーヴェンの生涯』(ロマン・ロラン/片山敏彦訳)は読むたびに涙した。『ゴッホの手紙』(エミル・ベルナール編/硲伊之助訳)からは情熱と勇気をもらった。──さて、これから多くの人が貧乏に苦しまざるを得ないのならば──僕が40代の頃に読んだ本ではあるが、同じ日本人の貧乏の先達として、次の本を紹介してみたく思うものである。
貧乏を乗り越える鍵
なめくじ艦隊、古今亭志ん生著。
落語家志ん生の痛快な貧乏話が、語り口調によって生き生きと描かれた半生記。なめくじ艦隊とあるのは、氏が一時期住まわれた長屋に出没するなめくじの様相を指して。連合艦隊さながらに、大小入り混じったなめくじの大群が、四方八方から攻め寄せてくるのだという。貧乏の恐ろしさ……。
しかし貧しいからといって、けっして湿っぽさや悲愴感が出ていないのが、この書の素晴らしいところ。つまり、貧乏を乗り越える鍵が、ここにあるといってもいい。
蚊が大量に発生して困っているところに、蚊帳売りが来る。たまたま志ん生は不在で、家内には奥さんのみ。現金即決十円。そんなお金はないのに……と思ったら、火鉢の引き出しに十円札、しめたと買う。志ん生帰宅後、蚊帳を見ると、それはただの布の切れ端で、一方の十円札はおもちゃの札だったという、まるで落語のようなお話。
戦争時分。たまさかお土産にいただいたビールの土瓶を抱えているところに、空襲警報。爆撃が激しくなる中、あるだけの酒を飲まなくては死んでも死にきれないと、地下鉄の駅の入口に腰を下ろし痛飲。そのまま酔いつぶれて寝てしまう。奇跡的に生還。
このような逸話のオンパレードである。