2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えました。その記念企画として、本連載では「50歳からのおすすめ本」を著名人の方に伺っていきます。「人生100年時代」において、50歳は折り返し地点。中公文庫も、次の50年へ――。50歳からの新たなスタートを支え、生き方のヒントをくれる一冊とは? 第48回は、ジャーナリストの内田洋子さんにうかがいます。
内田 洋子(うちだ・ようこ)
ジャーナリスト。1959年、兵庫県神戸市生まれ。東京外国語大学イタリア語学科卒業。通信社ウーノアソシエイツ代表。欧州と日本間でマスメディア向けの情報を配信。2011年、『ジーノの家 イタリア10景』(文藝春秋)で日本エッセイスト・クラブ賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。2019年、ウンベルト・アニェッリ記念最優秀ジャーナリスト賞を、20年、イタリアの書店員が選ぶ文学賞第68回露天商賞授賞式にて、外国人として初めて〈金の籠賞〉を受賞。
イタリアで出会った子どもたち
イタリアの春は、ボローニャという町で開催される児童書専門の国際見本市とやってくる。イタリアに住み報道の仕事をする中で、児童書の出版動向を通して、子どもたちを巡る最新情報を得るために毎年通っていた。読み聞かせにはじまり教科書や学校の図書室、と本は子どものそばにいて、彼らの好きな色や音、形や触り心地に詳しいからだった。
イタリアは、古くは「モンテッソーリ」、近年では「レッジョ・エミリア・アプローチ」といった教育方法を生み出してきた。子どもを十把一絡げにして統制しないで、一人ひとりをよく観よう。各人各様であることの幸運を知らせよう。子どもに対する大人からの敬意がこもった教育法は、日本でも多くの現場で取り入れられてきた。
<国の成り立ちを知るには、まず子どもからではないか>
イタリアを仕事の基軸とするようになってからずっと、その時々の世情を子どもを観て解いていこうとしてきた。取材の先々で、必ず保育園や小中学校も訪れた。過疎地や都会、離島や山奥で出会った子どもたちは、イタリア暮らしで得た唯一無二の宝ものだ。私が大学を出てすぐの頃に生まれたてだった子どもが、今はもう人の親になっている。途切れず交わした手紙や電話は、期せずしてイタリアの小さな人たちがどう生きてきたのかという記録となった。若かった頃は年齢もそれほど離れていないので、自分の昨日と会うようなもの、と子どもたちをわかっているつもりでいた。
現地に慣れた三十代に、イタリアの児童文学を邦訳することになった。幼児の頃は読み聞かせてもらい、小学校で字を覚えたら自分で読んでみる「初めての本」なのだった。どんなときでも自分に誇りを持ち、同じように他人も認めよう、という著者の温かで強いエールに満ちている。大人の目や耳、感覚のまま訳すのは、「初めての本」に会う子どもたちに対して不遜ではないか。