MARUU=イラスト
阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。コロナに感染する少し前、住処を移した阿川さん。次の引越し先が終の住処になるならといろいろな条件が出てきたそうで――。
※本記事は『婦人公論』2023年7月号に掲載されたものです

コロナに感染する少し前、住処を移した。歳を重ねるほど引っ越しは大変になると聞いていたが、本当だった。

まず引っ越しに必要な足腰の力が格段に衰えている。にもかかわらず、若いときより持ち物がはるかに多い。段ボール箱に詰め込んでも詰め込んでも、抽斗や簞笥や棚やトランクルームから出てくる出てくる、キリなく出てくる。

なんでこんなガラクタを後生大事に取っておいたのだろう。この数十年、ほとんど目に留めたこともないようなシロモノばかりである。以前の引っ越しの際に詰め込んで、そのまま放置していた段ボール箱もいくつかある。長い年月、開けずとも普段の生活にまったく支障をきたすことのなかった荷物は要らないも同然だ。

ええい、いっそ捨ててしまえ。

一瞬、威勢良く叫んでみるが、まあ、いちおう確認しておこう。気弱な自分が顔を出し、ほこりにまみれた蓋を開けるや、浦島太郎となりにけり。一気に老け込むわけではなく、むしろ数十年のときを経て、心が若返る。

「あら~、小学生時代の日記だわ。けっこう真面目につけていたんだなあ」