本を読めば、一歩も二歩も深くお芝居に入り込める

芝居は未見のまま、テネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』を初めて読んだ時、いっぺんでローラの虜になった。母の期待に応えようとするが、上手くいかず、どうしても外の世界に出てゆけないローラ。心の声を受け止めてくれるのは、ガラス細工の動物たちだけだ。そこに、弟トムの友人で、高校時代あこがれていたジムが遊びにやって来る。

ジムに、ローラが自分のコレクションを紹介する場面が忘れがたい。彼女は、えこひいきはいけないけれど、と言いながら、ユニコーンが一番のお気に入りだと告白する。現実には存在しない孤独な動物だが、寂しがったりせず、他のみんなと仲よく暮らしている。壊れやすい一本の角を持つガラスのユニコーンを、自分と重ね合わせているローラが愛おしくてならない。ローラの思いがジムに届くはずがない、という予感がページに満ち満ちている。

ほどなくして、『ガラスの動物園』を観劇した。演出は上村聡史、ローラは倉科カナ、母は麻美れい、トムは岡田将生、ジムは堅山隼太。舞台では、ローラの孤独を上回る、母の狂気じみた執着が世界を覆っていた。ローラの愛するユニコーンの角を折ったのは、ジムではない。母だったのだ。

本を読んでいたおかげで、一歩も二歩も深く、お芝居に入り込むことができた。イメージしていた人物像と、実際目の前で動き回っている彼らが、時に重なり合い、時に全く異なる横顔を見せ、息を飲むほどの緊張感を味わった。劇場を出る時の、一種の虚脱感と、一冊の本を閉じる時の、静かな淋しさは、似ているようで全く異なる体験だった。

読書にはまだ底知れない喜びが潜んでいる。残りの人生でそれをどこまで味わえるか、楽しみは尽きない。

『ガラスの動物園』テネシー・ウィリアムズ 著、小田島 雄志 訳(1988年、新潮文庫)1930年代の不況下のアメリカを背景に、生活に疲れ果て昔の夢を追う南部育ちの母親、脚が悪く極度に内気な姉、文学青年の弟の一家を描いた追憶の劇。自伝的作品といわれる。1944年にシカゴで試演され成功を収め、翌年ニューヨークで開幕、作者の出世作となった。映画化もされている。


 ※本連載は今冬、単行本として発売予定です。どうぞお楽しみに!!