
※本記事は『婦人公論』2023年8月号に掲載されたものです
いかがですか、新しい住まいは? 少しは慣れましたか? 引っ越しの報告をしてしばらくすると、各所から同じ質問をいただく。
まあ、そうですねえ……。廊下に積み上げられて未だに収納場所の確定しない段ボール箱の景色を除けば、それなりに慣れたような気はする。大きな後悔はないし、夕日や富士山を拝める新たな楽しみも増えた。自らの書斎もベッドルームも台所も、使いやすいようモノの置き場を決め、そこそこ落ち着いたつもりだ。
が、そんな日常を送っている合間にふと、以前の生活習慣が身体に蘇る。
たとえばガスコンロの火のつけ方と弱め方。前の家ではつまみを奥に押し込んで数秒間待ってから回すと火がついた。
ところが新たなガス台は、つまみを左に少し回して三秒。その後さらに回すと火がつく要領になっている。しかも以前は最弱火の状態で固定できたが、今は固定されない。弱めていくとあっという間に火が消える。
その代わり、強火にして鍋をかけ、少しでも場を離れると自動的に弱火に切り替わる。おそらく火のつけっぱなしを防ぐためであろう。ありがたいつくりではあるが、馴染むまでに時間がかかる。
たとえばお手洗いの流し方。前は便器の後ろのタンク横に流すための取っ手がついていたが、今はついていない。代わりに壁に備え付けられたリモコンに各種スイッチがある。
用を足し、つい以前のルーティーンで身体を動かす。すなわち、まず蓋をして、身をかがめ、便器の後ろの右横に手を伸ばす。が、そこには「流すレバー」がついていない。そうだった。今のトイレは操作がすべてリモコンになっているのだ。
思い直し、壁のリモコンを凝視する。が、文字が小さくて老眼の私には読めない。目を細め必死に読み取ろうとするが、どれが「流す」でどっちが「お尻用シャワー」でどっちが「ビデ」なのやら。他にも小さな文字と記号であれこれ書かれているが、下手なボタンを押したら大変なことになる。ああ、見えないのだよ。