『水を縫う』寺地はるな・著

「普通」に縛られていた家族が少しずつ解放されて

光が跳ねる川面のまぶしさに滲んでくる涙。恋人がくれた傘に降り注ぐ「絹の糸のように細くやわらかい雨」。50年ぶりぐらいにプールに入り、水を手でかきわけながら、一歩ずつ進んでいくその感覚──。

本書に描かれる美しい水のシーンは登場人物たちの心象風景と重なり、読み手の五感も解き放ってくれる。物語の根底に感じるのは「清流」。前へ前へと押し流され淀みなく読まされる、爽快感溢れる家族小説だ。

第一章「みなも」に登場するのは高校に入学したばかりの松岡清澄(きよすみ)。両親は離婚し、役所勤めをしている母の実家で祖母、母、姉と4人で暮らしている。彼は手芸や刺繡が好きでソーイングセットを携帯しているのだが、ある日、結婚が決まった姉から「ドレス。つくってくれる?」と頼まれる。

次の章から姉、母、祖母、黒田さん(父の友人で縫製工場の社長)、清澄、それぞれの視線からの掌編が紡がれる。清澄が「男なのに」刺繡が大好きで「女子力高過ぎ男子」と見られているのと同じように、姉も「女なのに」かわいいものが苦手だ。だからウェディングドレスを選ぶことができない。そして「愛情豊かな母親になれなかった」母、「まっとうな父親」になれなかった父の本音も綴られる。

彼らの葛藤から、いかに理想の父母像、男らしさや女らしさ、「普通」に縛られていたかがわかる。「僕が刺繡をするのは、ただ、楽しいからや」という清澄の一途な姿は、そんな家族の心をほぐしていくのだ。そして結婚式前日の明け方、徹夜でドレスを完成させることができた朝日のなか、白と銀の刺繡が川面を跳ねる光のようにきらめく。その姉のドレス姿は息をのむほど美しい。

『水を縫う』

著◎寺地はるな
集英社 1600円