「虐待の連鎖」を恐れ、妊娠を遠ざけた
元夫は、当然のように子どもを望んでいた。一方私は、どうしても手放しで「ほしい」とは思えなかった。子どもは好きだ。見知らぬ子どもでも、笑っていれば嬉しいし、泣いていれば心が痛む。だが、“自分の子ども”となると話は別だった。
「虐待は連鎖する」――世の中で使い古されてきたこの言葉が、我が子を欲する気持ちに歯止めをかけた。自分の子どもが生まれたら、ちゃんと愛せるだろうか。母と同じ道を歩まず、真っ当に育てていけるだろうか。
そんな不安が付きまとう私にとって、挙式が結婚から1年後だったのは幸運であった。式が終わるまでは、子どものことは考えられない。その言い分に、元夫はすんなり納得した。
挙式後、新婚旅行で人生初の海外に行った。エメラルドグリーンに輝く海は、これまで生きてきた中でいっとうきれいな色をしていた。食べきれないボリュームのステーキに2人で笑ったこと、Sサイズのポテトが日本のLサイズより多くて驚いたこと、スコールに降られ、ずぶ濡れになりながら現地の人たちと「I'm so happy!」と叫んだこと。
思い出は、際限なくあふれてくる。結末がどうであろうと、彼と過ごした時間は人生のおよそ半分を占めており、大切な時間もたしかにあった。
「子ども、つくろう」
青い空と透明な海が見渡せるオーシャンビューの一室で、彼はためらいなくそう言った。言い訳に使っていた挙式はすでに終わり、「考えられない」理由を失っていた私は、彼の言葉に頷いた。でも、本当は迷っていた。