思い込んだら一直線の吉村

一方の、ベタ惚れされた津村の側に立つと、どうなるか。

〈夫の求婚の強引さは、今思い出してもくたびれてしまう。ここと思えば、又あちら、というように行く先々に現われて、これは到底逃げられぬと覚悟し、小説を書かせてくれることを条件に結婚した。〉(「別冊文藝春秋」昭和51年9月号)

今で言えば、ストーカーだと疑われるのではないかと案じてしまう。一生を懸けようとした小説と同じように、思い込んだら一直線だったのか。

異性に対して、吉村は決しておくてではなかったようだ。

〈少年時代から現在まで、女性を見る時、この女(ひと)と結婚したらどうなるか、と思うのが常である。つまり結婚相手として好ましいかどうかが、女性の価値判断になる。
少年時代から、ということを妻はおかしがり、ずいぶんませた少年だったのね、と笑う。〉(『縁起のいい客』文春文庫)

東京の下町・日暮里生まれの吉村は、五歳のときから映画館に通い、映画監督を夢見たこともあった。スクリーンに映る映画女優を見ても、お嫁さんにしたらどうだろうと想像をふくらませた。