ヤマトタケル変奏曲

のみならず、この話型は時代が下ってもたもたれた。同工の物語を、いくつも派生するにいたっている。たとえば、遮那王(『義経記』)や犬坂毛野(『八犬伝』)の物語を。その過程を、さいきん私は本にまとめている。『ヤマトタケルの日本史-女になった英雄たち』として、刊行した。

『ヤマトタケルの日本史-女になった英雄たち』(著:井上章一/中央公論新社刊)

刊行当時は気づけなかったが、書きそえよう。ヤマトタケルの女装暗殺譚は、21世紀の日本でも生きている。それは、フランス革命史のサン・ジュスト語りに飛火し、これを変容させた。この革命家を、ヤマトタケルともつうじあう人物にしてしまったのである。

サン・ジュストは革命の急進派として、史上には位置づけられている。王殺しのテロリストといったような評価もある。美形の人としても知られてきた。日本へくれば、ヤマトタケル風に話が加工されかねない人物ではある。そして、ほんとうにそのとおり、『断頭のアルカンジュ』は話をすすめていった。

18世紀のフランスには、シュバリエ・デオンという女装の剣士が実在する。革命前夜の政局にも、少しかかわった。しかし、彼にはテロリストめいた実蹟がない。だから、日本のマンガは、ヤマトタケル風に加工しなかった。『イノサン』(坂本眞一 2013―20年)は、端役をあてがったが。

ヤマトタケルめいた女装者に、日本でばける。そのためには、サン・ジュストのようなキャリアが必要だったのかもしれない。


ヤマトタケルの日本史-女になった英雄たち』(著:井上章一/中央公論新社)

日本を代表する建国伝説の英雄、ヤマトタケル。美貌の皇子は、女をよそおい、敵を殺めたと記紀は伝える。やがて英雄譚は、スサノオの聖剣伝説、源義経の千人斬り、熱田神の楊貴妃転生説、八犬伝の復讐劇へ。千年にわたり変奏する「女になった英雄たち」の物語を、私たちは愛し、語り継いできた。その精神は、帝国軍人の女装劇、現代の多様な性にも至るという。なぜ日本の勇者は、美しき暗殺者なのか? 著者が少年時代から抱いてきた憧憬に出発し、日本史の英雄たちを自在に訪ね、性の日本文化史を描き出す。古今の文献をふまえ麗筆をふるい、日本人の夢や願望、民族感情のありかを明らかにする。