自分の中にいる「もう一人のコーチ」の声に支えられ

私がこの仕事を始めたきっかけは、童画家の松本かつぢ先生に弟子入りしたことでした。高校生のとき、少女雑誌に載っていた先生の住所に、描きためていた絵を送ったところ、思いがけず「一度遊びにいらっしゃい」とお返事をもらったのです。もちろん、すぐにプロになれるとは思えず、高校卒業後はいったん丸の内の銀行に就職することに。その間もかつぢ先生のところに通い、出版社から少しずつ挿絵の仕事をもらえるようになりました。

でも、片手間で絵の仕事を続けるのも申し訳ない気がして。勤めて1年ほどしたとき、かつぢ先生に「勤めを辞めて絵だけで大丈夫でしょうか」と相談したんです。そのときかつぢ先生は、「そんなこと、誰にもわからないよ」とおっしゃった。その言葉に、私はすごく感動したんです。

「がんばればできる」と無責任に励ますのでもなく、「自分だって苦労したんだ」と諫めるのでもなく。誰にも未来はわからないのだから、答えは自分の中にしかない。プロの絵描きになりたいなら、それなりの覚悟と努力が必要だと、若すぎる私に先生は教えてくださった。

でも、やっぱり駆け出しの頃はうまくいかなくて、徹夜で描いたイラストが結局みんなボツになったりも。そんなとき、バスの窓に映った自分の顔を見て、「こんなにやつれちゃってかわいそう。なんとかしてあげなきゃ」と心の中で声がしたんです。誰のせいでもない、この道を選んだのは自分なんだもの。私が私を元気にしてあげるしかないじゃない、って。

自分に意見をしたり忠告したりしてくれるコーチみたいな存在は、ずっと私の中にいます。数年前に、仕事をしながら母と難病にかかった妹を介護していた間も、「あんまり無理しないで」「笑顔を忘れないで」とアドバイスをくれたものでした。

最近も、個展のための油絵を描きおろさなきゃいけないのに集中できずにいたら、「1日は24時間あるんだよ。1時間は60分もある。やればできるからやっちゃえ」って叱咤激励してくれて。おーそうだ、そのとおりって素直に聞いてがんばるの。

「年を取ればいろんなことがおっくうになったり、嫌になったりも。そういうときは「面倒なことをするのは筋トレ、嫌なことを乗り越えるのは脳トレ」と自分に呪文をかけて、“えいや”ってやり遂げるの」