右から久美子さん、喜佐子さん、慶光さんと夫人の和子さん
2021年の大河ドラマ「青天を衝け」の出演者が発表され、徳川慶喜を草なぎ剛さんが演じることが話題になっている。江戸幕府15代将軍・徳川慶喜の最後の孫、と言われる井手久美子さんが、「95歳で作家デビューした」と話題を呼んだのは2018年のことだ。久美子さんは、慶喜の継嗣、公爵・徳川慶久の四女として生まれ、姉には高松宮妃喜久子殿下を持つ。徳川の屋敷で育った幼少期のことなど、半生を綴った著書『徳川おてんば姫』を出した翌月、安堵したように亡くなった。その前年には徳川慶喜家の当主・慶朝さんも没し、一族について語れる人は年々少なくなっている。久美子さんの一周忌が過ぎた今、長男・井手純さんと、慶朝さんの姪の山岸美喜さんが家族の思い出と共に、慶喜家と皇室との結びつきを語る。(構成=篠藤ゆり 撮影=本社写真部)

上皇后陛下に本をお渡ししたら

山岸 純おじちゃまとは先日、徳川慶喜に関する講演をした時に、久しぶりに再会したのよね。

井手 講演したのは、徳川慶喜公終焉の地。二百六十余年に及ぶ、世界で類を見ないほど長期の治世は大政奉還によって終止符を打たれたわけだけど、江戸城を明け渡した慶喜はいくつかの地に移り住み、1901(明治34)年以降は、当時の町名から「第六天」と呼ばれた東京・小石川の屋敷に住んでいたんだ。

山岸 今は、国際仏教学大学院大学になっているわね。

井手 僕の母も、母の兄で美喜ちゃんの祖父にあたる徳川慶光も、第六天で生まれ育った。戦後、戦火を免れた第六天は、華族制度が廃止されたため、国に物納されています。

山岸 純おじちゃまに会ったのは、私の母の葬儀以来だったから……。

井手 24年ぶりかな。僕の母は、自叙伝『徳川おてんば姫』を書き終えて、やっと刊行した直後の2018年7月に、95歳で大往生したんだ。

山岸 ホッとなさったのね。

井手 葬儀の際は、今の上皇上皇后両陛下をはじめ、天皇皇后両陛下、秋篠宮家、常陸宮家、三笠宮家、高円宮家からお花やお供物をいただきました。その御礼で記帳にうかがい、母の著書を上皇陛下の侍従長にお渡ししたところ、ある日突然、上皇后陛下の侍女長から電話がかかってきて――。「皇后さま(当時)が本をお読みになり、大変懐かしかったとおっしゃっていたので、それをお伝えするために電話しました」、と。思わず背筋が伸びたし、なんてお優しい方だろう、と感激したよ。

山岸 私は、慶喜家の当主だった叔父・慶朝が病気に臥してからの4年間、名古屋の自宅から叔父のいる茨城まで毎週看病のために通ったの。2年前に叔父が亡くなったことで慶喜家は絶え、遺言で財産の管財人を任されることになりました。

井手 慶朝は僕の従兄弟にあたるわけだけど、子どもの頃は家が近かったこともあって、しょっちゅう一緒に遊んでいた。夏になると、伯母の和様(徳川慶光夫人の和子さん)が、かき氷の出前を頼んでくれるのが楽しみでね。僕らは和様のこと、おたぁちゃまと呼んでいた。そして母や慶光の姉が、高松宮妃喜久子殿下。僕の父は、高松宮邸の隣で開業医をしていたので、従兄弟たちと御殿のプールで遊んだのをよく覚えている。