そうか、私も撮っておこうかな。

遅ればせながら自分のスマホをバッグから出してシャッターチャンスを狙ったが、時すでに遅し。黒いショールを肩にかけた富士山の姿は、高速道路の防音壁にさえぎられて、姿を消したあとだった。

それはさておき、ふと思い出し、数日前の特急から見た富士山の話を投げかけた。

「ウチから見るよりはるかに大きく見えたんです。埼玉のほうが富士山に近いんですかねえ」

すると紳士がケロリとおっしゃった。

「山というのは、裾野まで見えるか見えないかで大きさがまったく違ってくるんですよ。ことに富士山は稜線が長くて美しいから、そこが見えないと、ちっこい山になっちゃうんだよ」

古稀にして初めて知った。そうか、稜線を含めて初めて山の大きさがわかるのか。

そういえば秩父行きの特急の車窓から見えた景色に富士山をさえぎるものはほとんどなかった。高層ビルも他の山や丘陵も、大きな工場もなく、住宅はそれなりに並んでいたものの、多くは林と田畑と、広大な土地が清々しく続いているだけだった。そして富士山は、たしかに裾のほうまで美しく延びていた。