紫式部が住んでいた場所

では、紫式部が実際に住んでいた場所は、京都のどのあたりだったのでしょう。
どうやら、鴨川の西の堤防の西側、現在の京都御所のすぐ東側だったようです。

ここに、紫式部の曽祖父、中納言・藤原兼輔が建て、父・為時に受け継がれた風流な邸宅があったとか(堤防に接して住まいがあったため、兼輔は「堤中納言」として知られていたそうです)。紫式部は人生の大部分をこの家で過ごし、『源氏物語』や『紫式部日記』を執筆したと伝えられているのです。

「紫式部邸宅址」と記された顕彰碑

現在、この場所には廬山寺があります。

この地に移転したのは16世紀後半、豊臣秀吉の時代のこと。そして、今から60年ほど前に、平安時代には紫式部の住まいがあった土地であることがわかったのです。

以来、廬山寺は「紫式部ゆかりの寺」あるいは「『源氏物語』執筆の地」として広く知られるようになりました。