親の歴史はサルベージした方がいい 

ヒャダ うちの母も、姉に対してそういうモードがあったんですよ。数年前、母と姉が話していたらそういう女友達モードになって、母が父との性生活について話し始めたらしくて(笑)。

一同 えーーーーーーっ!?

ヒャダ 姉は聞かされたらしいんですよ。

能町 さすがにそこまでは聞いたことない。お母さん、よく言いますね。

ヒャダ で、姉が僕にその話をしようとしたんですけど、「ストップ! そこまで!」って。「そういう話は聞きたくない。申し訳ないけど、それは1人で背負ってほしい」と言いました。だから詳しい話は知らないんですけど。

能町 確かにそれは聞きたくない。 

──性生活はともかくとして、親の恋愛遍歴については聞く勇気あります? 

ヒャダ 恋愛遍歴は……ないかもしれないです。聞いたことないですし。 

能町 私も別に、恋愛遍歴を聞こうなんて思ってなかったんですよ。ただ母親の歴史を聞いていたら、恋愛がどんどん絡んできたというだけで。 

久保 私だったら、自分の歴史を語ろうとするときに恋愛はまったく出てこないな。「if あの人と付き合ってたら」の if の岐路なし。

能町 私もわざわざ言わないな。 

ヒャダ そんな岐路を考えるくらい、他者との関係を大切にしてた方なんですかね。 

能町 鮮明に覚えてるのもすごいんですよね。

───鮮明に覚えているのは、記憶力がいいだけでなくて、そこに心残りがあったからというのもあるんでしょうね。 

久保 たぶん心残りがあって、いろんな恋愛もののフィクションを見るたびに、自分のその部分を掘り返してたんじゃないかな。でも別にそれは誰かに話すほどのことでもなくて、ずっと黙ってたという。 

ヒャダ やっぱり親の歴史をサルベージしとくのは必要ですよね。

久保 やってたもんね、ひゃっくん。

ヒャダ やってました。うちの母は苦労話や悲しい話ばかりでしたけど。思ってたより暗かったんですよ。僕と姉が小学生のときに思ってた母と、実際の母がけっこう違ってたんですよね。僕から見えていた母は快活な人だったんですけど、実は友達もあまりいなかったらしくて。 

能町 それはそれで話を聞きたいな。 

久保 自分の歴史を語るのに、「歴史と言ったらやっぱ苦労話でしょ」という先入観もあったのかもしれない。本当は楽しいこともあったけど、それをトークするのがイメージできないというか。 

能町 苦労話をしたがる人というのはいますよね。 

久保 破天荒な話をできるタイプの人のほうが少ないのかもしれない。 

ヒャダ でも、うちの父はカラッとした人生をしゃべってくれましたね。 

──言ってましたよね。「沖縄でパイナップルを洗ってた」みたいな話。 

ヒャダ そうですそうです。時給が50セントだったと言ってました。ベトナム戦争での死体を洗う仕事だったら、1ドル50セントもらえたけど、それはやめといたみたいな。 

久保 自分の歴史って、どこに今の自分を形作ったポイントがあるのか、不思議な感じがしちゃいますね。 

能町 私、久保さんをロングインタビューしてみたい。 

久保 おれロン? 

ヒャダ でもそれこそ、墓まで持っていく話というのもあるじゃないですか。 

久保 すごいある。自分の中にもそれがあるけど、それをフィクションに昇華したい気持ちもなく、ただただ「ドブ川に流したい」みたいな思い出になってる。 

ヒャダ でも75歳くらいになると、自分のエンディングが見えてきて、「墓まで持っていくつもりだったけど、もう解禁してもいっか」みたいな気持ちになるのかもしれないですね。 

──「話す」というのも大きいと思うんですよ。脳内ではそこまで意識してなかったことが、誰かに話すことで思い出したり、気づいたりすることってけっこうあると思うので。能町さんのお母さん自身、話しているうちに自分の考えに気づいてきた、みたいなところがあるんじゃないかと。 

能町 でも昔から「うちの父親のほうが圧倒的に母親を好きなんだろうな」というのはなんとなくわかってたんですよね。母親のそういう話を聞いてたら、父親インタビューもしたくなってきました。でも、恋愛の話は絶対しないだろうな。 

ヒャダ やっぱり性別の差はあるかもしれない。うちの母も、(女性である)姉だからそういう話をしたわけであって。 

久保 父が息子に聞かせるんだったら苦労話サイドになりそうだよね。 

能町 言われてみると、(母親は)弟にはそういう話はしなさそう。 

久保 思い返すと、私は友達との恋愛話さえ長いことしてないな……。「そういうノリの話、ちょっとやめて」みたいな気持ちの方が強いかもしれない。

「久保みねヒャダこじらせ公論」久保ミツロウ・能町みね子・ヒャダイン、上垣皓太朗
(2025年2月1日のこじらせライブより)