《トゥルー・ラヴ》ハリー・コニック,Jr

各曲に見られる華と粋

ハリー・コニック,Jr.がレコード会社を移籍して、久々に日本盤を発売した。彼はスタンダード曲を300曲ほど暗譜で歌えるシンガーだ。今作は、スタンダードの作曲家の中でも最も都会的な作詞作曲をし、1930年代のミュージカル草創期の発展に寄与して映画界でも活躍したコール・ポーターの楽曲を集めたものになった。

ハリーは32年前に19歳でデビューし、映画『恋人たちの予感』のサウンドトラックで初のグラミー賞を獲得。以降、“全米No.1ジャズ・アルバム” に輝いた作品を13枚制作し、映画『メンフィス・ベル』などで俳優としても活躍している。近年はTV番組『アメリカン・ アイドル』の“歌って弾ける審査員”として再注目を浴びた。

今作《トゥルー・ラヴ》の歌声は、男らしさが増していた。中低音域が魅力的で、歌詞のストーリーを伝える術を知っている。ビッグバンド・アレンジはお手の物で、ストリングスも書き、指揮もし、ピアノを弾いて歌う八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍ぶり。そして、「若い時のように完璧にやろうとしなくなったことが、年齢を重ねたいいところかな」と語る。各曲に見られる華と粋は、ハリーとコール・ポーターに共通するものだ。

トゥルー・ラヴ
ハリー・コニック,Jr.
ユニバーサル 2600円

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《スペクトラム》上原ひろみ

弾くだけで“上原ひろみ”というジャンルに

上原ひろみが、ソロ・ピアノ・アルバム《スペクトラム》を発表した。彼女の音楽の面白さは、“劇場性”とでも呼びたい曲想の起承転結にある。しかし、このソロ作には、即興演奏が生まれる過程を見せるような、素顔の上原がいた。もちろん、音楽としてはどちらのベクトルをとっても面白い。しかし、聴き手として裸の彼女に対峙してみると、「私も一緒に楽になっちゃおうかな」と楽しんでいる自分がいた。

厳密にカテゴライズすれば、ジャズではない音楽言語で語られる部分もあるが、それもまた彼女らしい。彼女が弾くだけで“上原ひろみ”というジャンルになるのだ。冒頭で沈んだ色彩を見せる〈カレイドスコープ〉、クラシカルな美がある〈ホワイトアウト〉の前半、素直に弾いたザ・ビートルズの〈ブラックバード〉が琴線に触れた。今作の肩の力の抜け方には聴き手に息をつかせる“間”があり、それが彼女のピアノの成熟を示していて、音色に抱擁されるようだった。

スペクトラム
上原ひろみ
ユニバーサル 2600円

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《ルビー・マイ・ディア》片倉真由子

ジャズの潮流の中に息づく生命力と涙

片倉真由子のトリオとピアノ・ソロでライヴ・レコーディングされた《ルビー・マイ・ディア》が心を打つ。タイトル曲は、セロニアス・モンクの残した名曲だが、彼女の得意とするレパートリーでもあり、この曲を弾く彼女の姿勢、弾きながら思考する姿がモンクとリンクして迫ってきた。特に、“枕”のように一人で弾いた冒頭の2分半は鍵盤の上で作曲する即興性が聴こえてくる。そこに加わる佐藤“ハチ”恭彦の語るベース、そしてジーン・ジャクソンの変幻自在のドラムスに支えられ、自由にジャズを呼吸する片倉のピアノ……。

実は彼女の両親はジャズ・ミュージシャンだが、片倉のような、どこをとってもジャズになるピア二ストは一代では生み出せないのではないかと思うことがある。母親の弾くジャズ・ピアノを聴いて育ち、母の手を見つめてきた人だから到達しうる真摯さとジャズへの憧れがある。だから、オリジナルもいいが、最後に収録された〈エリントン・メドレー〉には、ジャズの潮流の中に息づく生命力と涙がある。それを尊いと思う。

ルビー・マイ・ディア
片倉真由子
BODY&SOUL ジャズ サポート 1852円