ナラティブに惑わされない
「『能登半島地震で大変な時に、なぜウクライナを支援しなければならないのか』という論調が最近見られる。ロシアが日本に情報戦を仕掛けてきている可能性があり得る」=石井氏
「日本のロシア大使館は、積極的にプロパガンダを発信するロシアの機関の一つという調査結果もある。日本の世論は分断しやすいと見られており、ターゲットにされている」=細谷氏
飯塚1月の能登半島地震の後、2月の会議開催にかけて、SNSでは「遠くのウクライナより、まずは国内の被災者を支援するべきではないか」という投稿が多く見られました。日本政府の関係者も、こうした投稿の拡散にロシアが関与しており、意図的に流している可能性が高いと見ています。
人々の心に響くよう、都合のよい解釈を織り交ぜて発信する手法はナラティブと呼ばれます。ロシアや中国はナラティブを作るのが非常に上手です。両国は、昨年のG7広島サミットや、東京電力福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出の際にも、情報戦を仕掛けてきました。しかし、日本の国民の心情に、ここまでピンポイントに訴えかけて惑わそうとしたことは、これまでなかったと思います。こうしたナラティブに賛同する人が一定程度見られたことに、危惧を覚えます。
吉田さんが先ほど言われた通り、ウクライナを支援することは、権威主義国から、民主主義を守ることや、力による現状変更を許さないことにつながります。慈善事業ではなく、日本の戦略的利益に資するものです。岸田首相は会議の基調講演で、支援を「未来への投資」と表現しました。ナラティブを打ち消す発信を、カウンター・ナラティブと言います。日本はまだ、米国ほど世論は分断されていません。政府は今後も、支援の必要性を分かりやすく、粘り強く説明するべきです。
吉田私は石川県出身です。能登半島は高齢者が多く暮らす地域で、そこを地震が直撃しました。多くの家屋が倒壊したり、大規模な火災が起きたりして、人々の暮らしは大きな打撃を受けました。再建に向けた見通しはなかなか立ちません。悔しいです。
「能登半島の支援の方に力を入れるべきだ」というナラティブには、確かに心を揺さぶられそうになります。しかし、冷静に考えると、ウクライナの支援と地震の被災者の支援は両方必要ですし、両立できるはずです。日本は情報戦への感度に鈍いところがあると言われてきました。日本政府は、今回の世論の分断工作について、しっかりと検証してほしいと思います。
ウクライナの本格復興を進めるためには、ロシアの侵略を止めないといけません。一部には、「ウクライナは、占領された領土を諦めて、戦闘を停止するべきだ」という意見も出ています。しかし、ロシアが得をする形での停戦を認めてはなりません。ロシアは停戦で合意しても、自らそれを破ることを繰り返してきました。今後もウクライナを支援することが大切です。
飯塚恵子/いいづか・けいこ
読売新聞編集委員
東京都出身。上智大学外国語学部英語学科卒業。1987年読売新聞社入社。 政治部次長、 論説委員、アメリカ総局長、国際部長などを経て現職。
吉田清久/よしだ・きよひさ
読売新聞編集委員
1961年生まれ。石川県出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。1987年読売新聞社入社。東北総局、政治部次長、 医療部長などを経て現職。