撮影:川上尚見

 

「オレには3歳上の姉がいるけど、この17年間、まったく会っていません。オレから絶縁を言い渡して以来、今どこで何をしているのか、生きているか死んでいるかも知らない」

芸人の玉袋筋太郎さんが、本日発売の『婦人公論』6月25日号の特集「気の合わない家族はあきらめていい」内で、姉と絶縁するに至った経緯を詳細に語っている。

昨年出した著書『粋な男たち』で、父が自殺していたことをはじめて明かした玉袋さん。

「遊園地の観覧車に子どものオレだけ乗っけて、自分は下から見ている——。そんな高所恐怖症の親父が、65歳の時、ビルの6階から飛び降りちゃった。きったねぇメモに「ごめん」とだけ書き残してね」

当時、玉袋さんは35歳だった。その死を受け止めるには若く、また芸人という職業柄、人に語ることでもないと胸にしまってきたという。なぜ父を突然失わなければならなかったのか。自殺の原因をつくったのは、父に多額の借金の返済をさせ続けた姉とその夫だ、という確信があった。

借金を抱えきれなくなった父に、姉を「助けてやってくれ」と懇願されたこともあったという。しかし玉袋さんは悩んだ末、丁寧な断りの手紙を書いた。

「あの時のオレの判断は正しかったのか今も考える。もしオレがヒーローで、いくらでも借金を肩代わりできてたら親父は死を選ばなかったんじゃないか、とも思う。でも、あの当時は自分の家族だけで精一杯だった。それに一時、姉に金を貸したとしても、あの泥沼状態はエンドレスで続いただろう、と思うよね」

『婦人公論』2019年6月25日号

そのような結末を迎えてしまった玉袋さん一家だが、「理想的な家族」そのものだった時期もある。当時の幸せな思い出も涙ながらに語った。

仲の良かった家族が、あるとき、壊れてしまった。血の繋がりがある姉を切り捨てざるをえなかった玉袋さんには、一方で、「血は繋がらないけれど、愛おしみながら築き上げてきた家族」の存在もある。濃くて深い家族観をもつからこその玉袋さんが縁を切る決断に至るまでの苦しみが、インタビューから滲み出していた。