地域報道の重要性
「『中国との経済関係に傷がつく』との理由から、こうした問題はあまり表に出てこなかった。しかし、表に出すことが中国への牽制になるという考え方に変化している」=興梠氏
「グオ市長は当初から中国当局の指示で入国したのかどうかは分からない。フィリピン人になりすまして現地で力を持つようになってから、中国が接近したとも考えられる」=小原氏
飯塚報じられている通りなら、中国人がフィリピン人になりすまして公職の座に就いたことになりますが、なぜ、その過程でチェックが効かなかったのか。これがもう一つの問題です。民主主義国では、当局に加えて、報道機関も候補者の経歴や政策を精査する重要な役割を担っています。
今回はそこをすり抜けたわけです。メディアのチェック機能、特に地方の報道機関が弱いのではないかと危倶します。バンバン市はフィリピンの地方都市です。米国でも、地方紙が経営危機に陥り、「ニュース砂漠」と呼ばれる、きちんとした報道機関の空白地域が増えています。そうした地域では、地元密着を装うニュースサイトが代わって登場しており、真偽の定かではない記事、明らかにウソである記事、党派色の強い記事を混ぜて流しています。安価なくず肉を意味するピンクスライムにちなんで、「ピンクスライム・ジャーナリズム」と呼ばれています。
中国やロシアは、そうしたチェック機能の弱っているところを狙ってきているのです。今後の日本も無関係ではありません。民主主義と国民の健全な生活を守るために、手間と時間と経費をかけて情報を精査する報道機関、中でも暮らしに密着する地域報道が重要な役割を果たしていることを忘れてはなりません。インターネットを介して簡単に様々な情報に触れることができますが、国民もその情報や発信者が信頼できるのかどうかを見極める。リテラシーを高めることが大切です。
吉田中国がここまで介入してくる背景には、フィリピンの姿勢に変化が見られることがあると思います。22年に就任したマルコス大統領は、ドゥテルテ前大統領の路線を修正して、米国との同盟関係や米国の他の同盟国との関係を強化しています。今年4月には日本を交えた3ヵ国の首脳会談が初めて行われて、海洋の安全保障を強化することで一致しました。日本とフィリピンは今年7月、自衛隊とフィリピン軍の共同訓練をしやすくする円滑化協定(RAA)を結びました。
中国には、フィリピンが米国などに急速に接近していることへのいらだちがあります。中国が南シナ海に強引な海洋進出を続けた結果、フィリピンを米国に近づけてしまった自業自得の面がありますが、様々なやり口でフィリピンに圧力をかけたり、工作を仕掛けたりしています。グオ市長の疑惑もその流れにあると思います。フィリピンはこれまで、中国との経済関係に配慮して、こうした介入をあまり公表してきませんでした。しかし、マルコス氏はグオ市長の疑惑を調査するように指示しました。フィリピンを支えるとともに、中国の工作を防ぐ国際的な連携を進める必要があります。
飯塚恵子/いいづか・けいこ
読売新聞編集委員
東京都出身。上智大学外国語学部英語学科卒業。1987年読売新聞社入社。 政治部次長、 論説委員、アメリカ総局長、国際部長などを経て現職。
吉田清久/よしだ・きよひさ
読売新聞編集委員
1961年生まれ。石川県出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。1987年読売新聞社入社。東北総局、政治部次長、 医療部長などを経て現職。