頼らざるを得ない関係
「ロシア国内には、どんどん外国に来てもらって、北極海に投資を呼び込んで、航路を使ってもらうことが大事なんだという、軍事的な論理とは全く別の考え方もある」=小泉氏
「中国は、ロシアが中国に頼らざるを得ない情勢を好機と捉え、北極圏に進出しようとしているのは間違いない。ロシアがそれを呑まざるを得ない状況が生まれている」=小原氏
伊藤北極海に軍事的な価値を見いだすのか、経済的な価値を見いだすのか。ロシア国内でも異なる考え方があるという、小泉さんのご指摘はとても興味深いものでした。北極海では、核兵器を積んだロシアの原子力潜水艦が活動してきました。氷が解ける自然環境の変化に対応しながら、ロシアの抑止力を引き続き維持したいと考えている人たちがいます。そのために基地を修復したりしているわけです。
小泉さんは、ロシア国内では現状、こうした軍事的な論理より、経済的な論理が勝ってきていると指摘されました。「北極海航路という世界の大動脈はロシアを通っているんですよ」という形に持っていきたい人たちです。ところが、西側の国々は北極海航路をなかなか使ってくれません。ロシアは自国が管理する航路を通る外国船に対して、事前の申請やロシアの砕氷船の先導を義務付けたりしています。
使い勝手の悪さに加えて、ロシアのウクライナ侵略に対して、西側の国々は厳しい目を向けています。「では、北極海航路をどんどん使いましょう」と言ってくれる国は中国だけになっています。小原さんの言われた通り、ウクライナ侵略が長引けば長引くほど、ロシアが中国に頼らざるを得ない状況が続くことになります。北極圏に入り込むことが中国の既得権益になってしまう恐れがあります。北極圏における両国の接近はウクライナ侵略とかなり連動しており、嫌な感じがします。
吉田同感です。ロシアがウクライナ侵略を続けた結果、北極評議会に参加する8ヵ国のうち、7ヵ国がNATO加盟国になりました。ロシアとしては、言わば世界を敵に回すなか、中国と連携することで、「自分はひとりぼっちではない」というアピールを必死にしているように思います。
ロシアと中国は今年7月、北極圏で両国の爆撃機が参加する偵察飛行を行いました。中国の爆撃機はロシアの基地を利用したとされています。そうしたことが衛星画像で分かることは恐らく織り込み済みで、「軍事的な連携も強まっていますよ」というメッセージを明示的に見せてきています。
北極圏には、南極条約のような、領有権の主張を凍結したり、平和利用を定めたりする規範がありません。緊張を防ぐ国際ルールが求められており、大国のエゴを許してはなりません。中国の主眼は、北極海の通商利用や資源開発にあると思います。中国の海洋政策は、南シナ海、東シナ海、インド洋に加えて、北極海にも関心が向かっており、注意を払わなければなりません。ウクライナを侵略するロシアを助けるような振る舞いはやめるように、中国にクギを刺す必要があります。
伊藤俊行/いとう・としゆき
読売新聞編集委員
1964年生まれ。東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業。1988 年読売新聞社入社。ワシントン特派員、国際部長、政治部長などを経て現職。
吉田清久/よしだ・きよひさ
読売新聞編集委員
1961年生まれ。石川県出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。1987年読売新聞社入社。東北総局、政治部次長、 医療部長などを経て現職。