限界点に達する社会

「改革・開放政策に戻り、もう少し寛容になれば、中国社会はおのずと安定するだろう。なぜ、そこに気が付かないかというと、中国では議論が許されていないからだ」=柯隆氏

「中国は急いでシステムチェンジしないと、経済はもっと回らなくなる。しかし、民間に委譲すれば、中国共産党は権力を失ってしまう。市民社会は彼らにとって脅威だ」=興梠氏

飯塚河南省鄭州の大学生らが昨年11月、50キロメートル離れた開封に向け、深夜サイクリングを行うという出来事も起きました。「名物の肉まんを食べに行こう」というSNSの投稿をきっかけに、20万人を超える若者が一斉に自転車で移動したといいます。次の週末はもう移動できないよう、当局は素早く規制を敷きました。

北朝鮮兵”1万2000人”派遣か©️日本テレビ
大流行「肉まん」求め深夜に自転車大移動©️日本テレビ

柯隆さんは、「中国共産党は人々が集まることを一番恐れる」と指摘されました。表向きはサイクリングや観光目的であったとしても、途中でスローガンが変わり、政府への抗議運動に発展するかもしれないという恐れです。これだけの人数が集まってしまった後では、当局は抑えようにも抑えきれません。中国ではハロウィーンのようなイベントもできないそうです。

天安門事件を想起させる若者の動きが、少しでも見られれば抑え込むということなのでしょう。若者の行動は、戦後の中国の歴史を大きく左右してきました。興梠さんは、文化大革命時代の紅衛兵を紹介されました。毛沢東は、鬱屈していた若者のエネルギーを利用して政敵を倒しました。文化大革命は民主化を求める動きとは異なりますが、若者には体制を大きく揺るがす潜在的な力がある。そのエネルギーが民主化に向かわないか、利用する勢力はいないかについて、習近平体制は神経質になっています。最大の問題は、人々が不満を募らせる本質的な原因から目を背けていることです。

吉田中国の抱える問題は対症療法では解決できず、限界を迎えているのではないでしょうか。習氏は中国共産党の一党支配が揺らぐことを懸念していますが、柯隆さんは、昨年のノーベル経済学賞を受賞した研究者の著書「国家はなぜ衰退するのか」を紹介されました。寛容性のない国は、どんどん衰退していくという内容です。中国の若者の間には、将来に期待が持てず、日々を無為に過ごすような雰囲気もあると聞きます。怒りを通りこした虚無感まで伝わってきます。中国は潜在能力の高い国なのに、自らチャンスを手放すのは不幸なことです。

私が心配するのは、中国政府が、国内の不満や不平をナショナリズムに変化させ、はけ口を国外に向けるのではないかということです。覇権主義的な動きをさらに強めるかもしれない。米国大統領にトランプ氏が返り咲くこともあり、今は日本に融和的に振る舞っていますが、矛先を向けた時期もありました。日本は、そうした挑発に乗ってはなりません。毅然とした態度を維持しながら、一つ一つの懸案を解決していくことが大切だと思います。

解説者のプロフィール

飯塚恵子/いいづか・けいこ
読売新聞編集委員

東京都出身。上智大学外国語学部英語学科卒業。1987年読売新聞社入社。 政治部次長、 論説委員、アメリカ総局長、国際部長などを経て現職。

 

吉田清久 読売新聞編集委員

吉田清久/よしだ・きよひさ
読売新聞編集委員

1961年生まれ。石川県出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。1987年読売新聞社入社。東北総局、政治部次長、 医療部長などを経て現職。

 
 

提供:読売新聞