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きょうだい間のトラブルは、根が深い。親が差をつけて接してきたために不仲となる例もあれば、大人になってから配偶者や相続が原因で揉める例もある。関係を断ち切った当事者に、決断までの苦悩と、いまの思いを聞いた。会社員のサオリさん(58歳・仮名)の場合、姉の存在が頭痛の種で…(取材・文=上田恵子)

姉にとって「気に入らなければ殴ってもいい」存在

会社員のサオリさん(58歳・仮名)は、小さな頃から2歳上の姉に暴力を振るわれながら育った。

「私の家は両親と姉、私の4人家族。父は町工場を経営していて、母はその手伝いをしていました。とにかく母がキツい人で、家族に手をあげることはしょっちゅう。その腹いせの意味もあったのでしょう。物心ついた時、私は姉にとって『気に入らなければ殴ってもいい』存在になっていました。親は親で私を軽く見ていて、平日は家事をこなしてからでないと外出させてもらえなかったんです」とサオリさん。今なら虐待に当たる状況だが、当時はそれが普通だと思っていた。

「姉の暴力が止んだのは18歳の時。私も体が大きくなり、初めて姉のこぶしを防いだんです。以来、物理的な暴力は振るわれなくなりました」

しかし、サオリさんが19歳の時に父親が投機に失敗。家が差し押さえられ、両親は離婚することになった。

「しかも父が脳梗塞で倒れて入院。私は母の面倒をみながら都内の会社で働き、父の入院費を払う立場になったのです。姉ですか? ごくたまにお見舞いに来ては、父に調子のいいことを言って帰って行きました。父や病院のスタッフの間では、“優しい姉”と“しょっちゅう来て厳しいことを言う怖い妹”として扱われていたのですから腹が立ちますよね」