80年代は魅力的
<『ラムネモンキー』は、吉井雄太(反町隆史)、藤巻肇(大森南朋)、菊原紀介(津田健次郎)の3人が主人公。51歳になった彼らはそれぞれ人生に行き詰まっていた。雄太は贈賄で起訴され、肇はパワハラを理由にドラマの監督をクビに。紀介は認知症の母親の介護を抱えている。故郷の工事現場から白骨が見つかったニュースをきっかけに、紀介の呼びかけで37年ぶりに3人が集まる。中学時代に肇たちが所属していた映画研究部の顧問、木下未散(通称・マチルダ)が話題になり、その行方を探すことに。3人は工事現場から見つかった白骨がマチルダだと推理し、事件を追いかけ始めるが…>
僕は1973年生まれで、戦争の傷跡も克服して国が落ち着いたころに生まれた世代。一方で、先輩作家は、戦争を経験した人もいれば、戦争後の何もない時代を生きていた人もいます。時代の転換点をドラマで描いてきた方がたくさんいる。それは大きな武器だし、うらやましかった。でも、冷静に考えると、僕が過ごした80年代と現在は全く違う。インターネットの登場で社会は大きく変わりました。今と違って80年代はみんなが同じテレビを見ていて、ヒット曲をお年寄から子供までみんなが歌える。流行語を誰もが知っている時代。だから、マニアックなセリフでも多くの人にわかってもらえるので題材として魅力的でした。
<『不適切にもほどがある!』(TBS系、2024年)や『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』(フジテレビ系、2025年)など、1980年代をテーマにした映像作品も増えてきた。『ラムネモンキー』では主人公3人が中学生だった1988年の物語も同時進行する。体罰も辞さない体育教師の江藤の描き方も絶妙で、単なる懐古主義ではない>
「あのころはよかった」と言いたいわけではないんです。多分、80年代より今のほうがいい時代。あの頃僕は中学生で、バブル真っ盛りで社会の空気があまり好きじゃなかった。『ラムネモンキー』では80年代の闇みたいなものもちゃんと書きました。でも、現代では失ってしまったいいものもある。人間は綺麗なものや美しいものを求めている。80年代も今もいろいろあるけれど、美しいものを信じようという気持ちで脚本を書きました。