ジャン・チャクムル
第10回浜松国際ピアノコンクール第1位
オープン価格
何にも縛られない優美さ
今回は、知性と自由な感性を併せ持ち、オリジナリティに富んだ音楽を聴かせてくれる2人の男性ピアニストのアルバムをご紹介したい。
1997年トルコ生まれのジャン・チャクムルは、昨年開催された浜松国際ピアノコンクールの優勝者。同コンクールは、2017年に直木賞を受賞した恩田陸の小説『蜜蜂と遠雷』のモデルとして話題となったことで、今回、過去最高の盛り上がりをみせた。この録音は、優勝の副賞としてリリースされたもの。
多岐にわたる選曲からすでに、チャクムルの洗練されたセンスが垣間見える。ベートーヴェンの歌曲のリスト編曲作品とシューベルトのソナタでは、歌の抑揚をピアノで繊細に再現。続く古典派のハイドンのソナタでは、粒立ちの良い音で遊び心ある音楽を聴かせる。
目を引くのは、トルコ出身の先達である鬼才ピアニストのファジル・サイが作曲した〈ブラック・アース〉の存在。弦を片手でおさえながら鍵盤を弾く内部奏法も用いた現代的な作品だが、チャクムルの繊細であたたかい音は、曲の包容力ある側面を際立たせる。
バルトーク〈戸外にて〉は、ピアノを打楽器的に用いる野性的な要素の強い作品。ここにチャクムルのデリケートな感性が加わることで、鋭く打ち付ける音も人の声のように響く。アルバムの最後には、コンクール課題曲だった日本人作曲家による委嘱作品、佐々木冬彦〈サクリファイス〉も収録されている。
チャクムルはトルコで過ごした子供時代、一般的な音楽教育機関ではなく、プライベートの先生のもと自由にピアノを学んだという。幅広い楽曲それぞれのスタイルをしっかりと弾き分け、しかし何かに縛られることなく自分の表現を作る才能は、そんな環境で育まれたのかもしれない。
福間洸太朗
France Romance
2500円
内面から自然とあふれ出すような抑揚
福間洸太朗は、ピアノファンの間で注目されているだけでなく、羽生結弦選手をはじめとするフィギュアスケーターとのコラボレーションで幅広い層から人気を集めるピアニスト。高校卒業後、フランスやドイツなどで学び、現在は東京とベルリンを拠点に国内外で演奏活動を行う。
今回の新譜『France Romance』は、フランス音楽の名曲の中から、彼のピアノ人生にとって重要な出来事と関係のある作品を中心に集められている。例えばラヴェルの〈ラ・ヴァルス〉は、フィギュアスケーターのステファン・ランビエールから共演しようというリクエストを受け、福間自ら編曲を手がけたもの。オーケストラ版や2台ピアノ版に勝るとも劣らぬ、ソロピアノならではの厚くまとまりのよいハーモニーと色彩を楽しむことができる。
プーランクの〈エディット・ピアフを讃えて〉や、ルノワール(福間編曲)の〈聞かせてよ、愛の言葉を〉といったシャンソンの曲では、品のよさを保ちながらロマンティックにたっぷり歌う。
入試でパリに滞在していたとき、シャルル・トレネの訃報に接したことをきっかけにシャンソンの魅力を知り、「留学生活の喜怒哀楽を彼の歌とともに過ごした」という福間にとって、ワイセンベルク〈シャルル・トレネによる6つの歌の編曲〉は特別な作品だという。技巧的で華やかな作品も、肩の力の抜けた優美な雰囲気で奏でられる。
思い出の曲ばかりというだけに、すべての作品がしっかり自分のものとなっている。確信に満ちた表現と、内面から自然とあふれ出すような抑揚が心地よい。
チャクムル、福間ともに、自身の言葉で作品を語ることができる知的なピアニストで、自らライナーノーツも手がけている。演奏者の立場から見た作品の魅力を知ることができて、こちらも興味深い。