年齢とともに聴力は低下し、徐々に聞こえづらくなっていきます。会話を、そして日々の暮らしを楽しむためにも、適切なタイミングで医療機関を受診し、自分に合った補聴器を選ぶことが大切です。作家の山口恵以子さん、国産補聴器メーカー・マキチエの平松知義社長とともに、“聞こえ”について考えてみましょう
耳にも“栄養”が必要なんです
山口補聴器というと、どうしても「高齢者が使うもの」というイメージがあります。でも最近のシニアは若々しくて、60代、70代も現役でバリバリ働く。耳の聞こえが多少悪くても、「補聴器? 引退したら考えるよ」という方は多いように思います。例えば視力については、見えにくくなればすぐに眼鏡を買いに行くのに、聞こえの悪さは放置してしまうのはなぜでしょうか。
平松聴覚は、生活の質に関わる大事な機能なのに、軽んじられているのが現状です。例えば滝の水音や風が木々を揺らす音で景色の印象も変わりますし、食欲をそそる音がなければずいぶんと味気ない食事になるでしょう。口に入れる栄養は気にしても、“耳に入れる栄養”を気にする方は少ないのです。
山口花火なんかも、音を伴わないと感動が半減しますね。ですが、普段意識するのは視覚情報ばかり。私が小説を書く際も、視覚や味覚はこと細かく表現しますが、音に関する描写は少ないですね。お話を伺ってハッとしました。
平松それに、聴覚はコミュニケーションにも深く関わっています。相手の声がよく聞こえないと、聞き逃さないことに必死になって会話そのものを楽しめません。また、何度も聞き返す人に対しては、周りも気を使って難しい話をしなくなります。その結果、「お風呂入った?」「ご飯食べる?」など、必要最低限の会話しかしなくなってしまう。これでは、認知機能の低下につながりかねません。
山口私もお気に入りのバーがあったのですが、マスターの声が小さくて足が遠のいてしまいました(笑)。聞こえが悪くなると、いろいろな面で影響を及ぼすものですね。
平松だからこそ、補聴器が必要なんです。補聴器は聞くための機械ですが、きちんと会話することも助けてくれる。本人のためだけでなく、周りのためにつける機械でもあるのです。「私はまだ平気」と思っても、家族や友人のために使用を検討することも大事だと思います。
注意が必要になる年齢は?
山口具体的にどんな不調が出てきたら、補聴器の購入を検討すればよいのでしょうか。
平松「今の言葉、ちょっと聞き取れなかったな」という「聞き逃し」が生じたら、医師に相談していただきたいですね。補聴器が必要だと感じる平均年齢は72歳※というデータがありますが、その時点では聴力低下がかなり進行しています。ですからその前、65歳くらいを目安に、自覚症状がなくても精密な検査が必要だと思っています。
山口私の母は、80代半ばからテレビのボリュームがとても大きくなりました。「補聴器をつけたら?」と勧めたものの、嫌がられて。まずは医師に相談すべきだったのですね。
平松加齢性難聴の場合、年齢とともに徐々に聴力が失われていくので本人は気づきにくいんです。「テレビの音量を上げるようになった」「背後から声をかけても気づかない」と周りの方が感じた頃には、症状が進んでいることも。たとえ身体のほかの部位が健康でも、実は50代以降は誰しも難聴が進み始める可能性があります。
山口健康診断で異常がなくても、50代以上は要注意なんですね。
平松年齢を重ねるほど、新しい小さな機械を扱うのが難しくなりますから、「私には難しい」と補聴器の使用を諦める方が多いんです。
山口確かに、認知症になってからでは補聴器の扱い方を覚えるのが難しそう。
平松そうなんです。ですから、早めの受診が望ましいですね。難聴の自覚がある方でも、補聴器の所有率はわずか15.2%※にすぎません。症状はあるのに自分が難聴だと認識していない方を含めると、普及率はさらに下がるはず。必要な方に、まだまだ行き届いていないと感じます。
※Source:Anovum-JapanTrak 2022