すれ違う父子を繫いだのは
トルコ北西部の港町チャナカレは、第一次大戦の「ガリポリの戦い」で知られるガリポリ半島や世界遺産・トロイの遺跡への観光拠点だ。チャナカレ湾に面した公園には、ブラッド・ピット主演『トロイ』(2004)で大道具として使われた「トロイの木馬」が置かれている。
ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の新作『読まれなかった小説』は、主人公シナン(アイドゥン・ドウ・デミルコル)がチャナカレの大学を卒業し、近郊の町に帰郷するところから始まる。
家族は息子の卒業と帰郷を喜ぶ。しかし、競馬好きで借金を重ねる父のせいで、一家には重い空気が漂う。教職に就くか兵役で小さな町から出るという現実的な選択もあるが、シナンの夢は作家になることだ。教員試験を受けながら、処女作の出版を目指す。だが、旧跡案内でも地元の英雄の話でもなく、生まれ育った土地の暮らしを綴り、彼の気持ちをしたためた作品には誰も関心を示さない。それでも、シナンは出版を諦めない。
カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞したジェイラン監督の前作『雪の轍(わだち)』(2014)は、カッパドキアの雪景色が印象的だった。本作でも、作家を夢見ながらも現実と向き合い、人生を模索するかのようにシナンが黙々と歩く故郷の町や村の風景は、陰影があり美しい。
父・イドリス(ムラト・ジェムジル)は、かつては教師として尊敬されていた。定年退職間際の今では、給料を競馬につぎ込んでいると妻に愚痴を言われる日々。意に介さず、皮肉な笑いで応えるだけの父を、シナンは半ば見下し、疎ましくさえ思うのだ。
シナンは饒舌だ。出版資金の援助を求めて町長や町の実業家に自作の構想を語り、書店で偶然出会った地元の著名作家に文学の本質について議論を仕掛ける。さらには、村の導師を相手に、信仰への素朴な疑問や矛盾を語る。自分の考えを相手にストレートにぶつける熱さは、傲慢にも思える。想いを語れば語るほどに、周囲から浮き、不器用さが浮き彫りに。しかし、エルドアン大統領のもと宗教色が強化されるトルコの現状を踏まえると、宗教への彼の真摯な問いかけは意味深い。
結局、シナンは小説を自費出版するが、書店では一冊も売れず、母にも妹にも読まれない。ただ一人、父だけが読んでいた。
ペーソスを交えて渋く演じるジェムジル、若者の生真面目さと野心を豊かな語りで表現するデミルコル。父と息子のすれ違いと根底で通じ合うさまを、二人が細やかに演じる。相容れないと思っていた父が自分を受け止め、理解していることを、息子がようやく悟った時、父子はそれぞれに抱く孤独をかみしめる。並んで座る二人の遠くを見つめるまなざしが余韻を残す。
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監督・脚本/ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
脚本/エブル・ジェイラン、アキン・アクス
出演/アイドゥン・ドウ・デミルコル、ムラト・ジェムジル、
ベンヌ・ユルドゥルムラー、ハザール・エルグチュル、アキン・アクスほか
上映時間/189分
トルコ、フランス、ドイツ、ブルガリア、マケドニア、
ボスニア、スウェーデン、カタール合作
■11月29日より新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開
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勝利を熱望し、成功に執着し…
『グレート・ビューティー/追想のローマ』のパオロ・ソレンティーノ監督が、イタリアの悪名高き元首相ベルルスコーニをモデルに、勝利を熱望し、成功に執着し、そして、愛に挫折する男を描く。映像の魔術と、名優セルヴィッロの怪演で男のロマンと哀愁を味わえる圧巻の157分。11月15日よりBunkamuraル・シネマほかにて全国順次公開
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出演:トニ・セルヴィッロほか
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討ち入りにかかるお金はいくら?
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出演:堤真一、岡村隆史ほか