概要

旬なニュースの当事者を招き、その核心に迫る報道番組「深層NEWS」。読売新聞のベテラン記者で、コメンテーターを務める飯塚恵子編集委員と、元キャスターの吉田清久編集委員が、番組では伝えきれなかったニュースの深層に迫る。

台湾の頼清徳総統は5月20日、就任1年を迎えた。軍事的圧力を強める中国への対抗、後ろ盾であるはずの米国への対応、そして野党が議会の多数を占める内政の運営。頼氏は、三つの課題を抱えており、難しいかじ取りを迫られている。興梠一郎・神田外語大教授、小原凡司・笹川平和財団上席フェローを迎えた5月20日の放送を踏まえて、編集委員2氏が語り合った。

台湾頼総統三つの試練

抑制的な1年目会見

「頼氏は3月、中国を『敵対勢力』と批判したが、そうした強烈な言葉はなかった。米国の関税政策への対応など内政に問題を抱えており、争点を増やさないようにした」=興梠氏

「頼氏自身は過激なことを言っているつもりはないが、中国はどんどん圧力を強めている。今回トーンを落としたが、今後の中国の出方を見て、次の対応を考えるだろう」=小原氏

飯塚総統就任1年の日、想定されたピリピリとした雰囲気とは異なり、中国、台湾ともに抑制的に振る舞いました。当日は中国が二つの圧力をかけることが予想され、台湾も身構えていたと言います。一つは台湾周辺で軍事演習を行うことでした。もう一つは中南米の国々が台湾との断交を表明することです。台湾は今、12カ国と外交関係を何とか維持しています。直前に中国は中南米諸国と会議を開き、中国の意向を受ける形で、ハイチとセントルシアが断交するのではないかという見方が出ていました。結果的にどちらも起きませんでした。

頼氏も、就任1年に合わせた記者会見ではトーンを抑えました。中国を刺激しないように、米国から圧力をかけられたと見る向きがあります。米国は中国との関税交渉のさなかで、「中国を有利にする余計なことはするな」ということです。米国の都合で台湾の動きが制御されたと言えます。中国と向き合う時の単なるカードとして、台湾を都合よく扱いかねないトランプ大統領の考え方が垣間見られます。トランプ氏は今後、米国の利益を優先し、台湾に不利益になるディールを中国と行うのではないか。政治的にも、軍事的にも、懸念を残しました。

台湾・頼総統「粘り強く中国の脅威に対抗」©️日本テレビ
台湾・頼総統「粘り強く中国の脅威に対抗」©️日本テレビ

頼氏は元々、対中強硬派です。このまま、おとなしくしているような人ではないでしょう。米中関係の行方を見ながら、例えば建国記念日に相当する10月の双十節に、どのような発言をするのかに注目しています。

吉田頼氏は、内政でも厳しい状況に置かれています。議会にあたる立法院で頼氏率いる民進党は少数与党にとどまり、予算などを速やかに成立させることができずに苦慮しています。政策が前に進まなければ、台湾にも関税を課す方針のトランプ政権への対応は遅れてしまいます。防衛力を強化しようとしても、予算が付かなければ実現はできません。中国寄りの最大野党・国民党との対立は深まっています。頼氏は今回の記者会見で、与野党が台湾の利益と安全を守るために協力するべきだと訴えました。

中国は、台湾の世論が割れたり、議会との関係がねじれたりしていることを内心で喜んでいます。なぜなら、何もないところから、相手の社会を分断することは難しい。台湾は民主主義を大切にしており、様々な考え方が存在します。中国はその自由を逆手にとって、SNSで中国の主張に沿った内容を流したり、対立をあおるような工作を進めたりします。相手の内側に入り込んで、さらに分断を押し広げる工作を浸透工作と呼びます。

台湾は蔡英文・前総統時代に反浸透法を成立させ、中国の干渉を阻止しようとしてきました。頼氏も浸透工作を深刻に捉えており、今回の記者会見でも社会の強靭性を高める取り組みを進める考えを強調しました。日本は浸透工作への備えは十分なのかどうか。中国や台湾に近く、安全保障上重要な位置にある沖縄をはじめ、注意しなければならないと思います。