『エチオピア高原の吟遊詩人-うたに生きる者たち』 著◎川瀬 慈 音楽之友社 3000円

 

楽師に魅せられた著者の思いが読者に伝染する

エチオピアの古き王都ゴンダールと著者は、強い縁で結ばれている。もともと人類学の研究者である著者は、古風な楽師に興味をもち現地調査に赴いたが、「聖」と「賤」とを兼ねそなえる存在である伝統楽師たちは、慎重で閉鎖的。接近は難しかった。楽師に近づこうとする過程で出会った町の人々の、ひりひりするような激しい人生を描いた『ストリートの精霊たち』から二年。いよいよ楽師たちの登場である。

警戒を解かない大人の楽師にくらべ、子どもの楽師(一般の人との結婚は忌避されるので、伝統音楽の演奏は「家業」でありつづける)はフレンドリーだ。稼ぎが少ないため大人は行かない場所にも、子どもは出かけていって演奏する。著者はそれについていく。そうして仲よくなった子どもたちが、いまでは一人前の楽師だ。

日々、そばで聴く彼らの歌と演奏。客あしらいや処世術。著者が彼らに魅せられていることが、文章の弾み方から伝わってきて、読む自分に伝染する。

マシンコという彼らの弦楽器は、ひし形の共鳴胴にヤギの皮が張ってあり、弦は一本。馬の尾の弓でひく。ときには胴を打楽器として叩く。歌うのは、神話の世界を語る歌から、目の前の客の裕福さやまじめさをほめチップをもらう挨拶歌まで、多彩である。なんと最近では、新型コロナウイルスを消滅させるために手を洗おうという歌まである。「流し」で歌い、門付けもする彼らにとって受難の時代になったが、楽師たちはなんとか生きのびようとしている。

ダイナミックに韻をふみ、隠喩がきらめく歌詞についても丁寧に解説されている。現実世界を描いているのに、夢の記録のように幻想的だ。